・・・それで私はおそるおそる分会長の前へ出頭すると、分会長はいきなり私の顔を撲って、莫迦野郎、今頃来る奴があるかと奴鳴った。 私は点呼令状と腕時計をかわるがわる見せて、令状には午前七時に出頭すべしとあるが、今はまだ七時前であるという意味のこと・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 莫迦野郎? 何っ? 何が莫迦野郎だ?」 混線していた。「ああ、俺はいつも何々しようとした途端、必ず際どい所で故障がはいるのだ」 と、がっかりしながら、電話を切ると、暫らくぽかんと突っ立っていたが、やがて何思ったのか、あわててト・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ この悪党野郎が!……」おせいはこんなことまで言いだして、血相を変えて、突かかってきた。「ばか! 誰がそんなことを言った?……お前の腹の子を大事に思えばこそ、誰も親身のもののいないこうした下宿なんかで、育てたくないと言ってるんじゃないか・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ぜんたい野郎はどこの者だ。」と一人が言う。「自分でも知るまい。」 実際文公は自分がどこで生まれたのか全く知らない、親も兄弟もあるのかないのかすら知らない、文公という名も、たれ言うとなくひとりでにできたのである。十二歳ごろの時、浮浪少・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ それから僕は卒業するや一年ばかり東京でマゴマゴしていたが、断然と北海道へ行ったその時の心持といったら無いね、何だかこう馬鹿野郎! というような心持がしてねエ、上野の停車場で汽車へ乗って、ピューッと汽笛が鳴って汽車が動きだすと僕は窓から頭を・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「おい、うめえ野郎が、あしこの沼のところでノコ/\やって居るぞ。」 と、彼は、下で、ぶら/\して居る連中に云った。「何だ?」 下の兵士たちは、屋根から向うを眺める浜田の眼尻がさがって、助平たらしくなっているのを見上げた。・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・「メリケンの野郎がやって来たら窓から離れないんだよ。」 大西と並んでいる、色の白い看護卒が栗本を振りかえった。「癪に障るからなあ、――一寸ましな娘はみんなモグラの奴が引っかけて行っちまいやがるんだ。」大西は窓から眼をはなさなかっ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・う一尾も釣れずに家へ帰ると、サア怒られた怒られた、こん畜生こん畜生と百ばかりも怒鳴られて、香魚や山やまめは釣れないにしても雑魚位釣れない奴があるものか、大方遊んでばかりいやがったのだろう、この食い潰し野郎めッてえんでもって、釣竿を引奪られて・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・おれの身体でも売れるといいんだが、野郎と来ちゃあ政府へでも売りつけるより仕様がねえ、ところでおれ様と来ちゃあ政府でも買い切れめえじゃあねえか。川岸女郎になる気で台湾へ行くのアいいけれど、前借で若干銭か取れるというような洒落た訳にゃあ行かずヨ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・母が入ってきたのを見ると、いきなり其処へ棒立になって、「この野郎ッ! 一歩でも入ってみやがれ、たゝッき殺すぞ!」と大声で叫んだそうだ。母は何が何んだか、わけが分らず、「あのね…………」と云い出すと、「畜生ッ! 入るか」と云って、そこにあった・・・ 小林多喜二 「母たち」
出典:青空文庫