・・・京町には素見客の影も跡を絶ち、角町には夜を警めの鉄棒の音も聞える。里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店にもやや雑談の途断れる時分となッた。 廊下には上草履の音がさびれ、台の物の遺骸を今室の外へ出しているところもある。はるかの三・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・と云いながら丘を下りて学校の誰もいない運動場で鉄棒にとりついたりいろいろ遊んでひるころうちへ帰りました。 九月八日 その次の日は大へんいい天気でした。そらには霜の織物のような又白い孔雀のはねのような雲がうすくかかってその・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・一九三〇年の今日、朝鮮銀行の金棒入りの窓の中には、ソヴェト当局によって封印された金庫がある。〔一九三一年一、二月〕 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 始め、妙に悪寒がして、腰が延びないほど疼いたけれ共、お金の思わくを察して、堪えて水仕事まで仕て居たけれ共、しまいには、眼の裏が燃える様に熱くて、手足はすくみ、頭の頂上から、鉄棒をねじり込まれる様に痛くて、とうとう床についてしまった。頭・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・中庭の中央に物置小屋みたいなものがあり、横のあき地に赤錆のついた古金網、ねじ曲った鉄棒、寝台の部分品のこわれなどがウンと積まれている。 半地下室の窓が二つ、その古金物の堆積に向って開いている。女がならんで洗濯している。そこからは石鹸くさ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・両手で金棒につり下ってやっと自分も車掌台に立っている労働者が、「おい、一足ずつくり合わしてくれ! さもないと娘さんがふり落されるぞ!」と陽気にどなった。「オーイ、今日は女の日だ! 詰めろ、詰めろ!」どっと群衆が笑い、ニーナも笑いだし・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・例えば、余り体力の強壮でない中学の中級生たちが、急に広場に出されて、一定の高さにあげられた民主主義という鉄棒に向って、出来るだけ早くとびついて置かないとまずい、という工合になって、盛にピョンピョンやりはじめたような感じがなくはない。 ジ・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ 皆の者は、そのうす汚れた布片れにくるんであった、赤錆のついた鉄棒か斧が、真暗の湯殿に立って、若し誰でも来たらと身構えて居る男の背後にかくされてある様子を思うと、ほんとに背骨の一番とっぽ先が、痛痒い様な感じを起して来る。 若し自分で・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・地獄絵で、赤鬼、青鬼は金棒をもち、きばをむき、血の池地獄へ亡者どもをかりたてた。しかし、きょうの日本の便乗悪鬼は、鼻の下にチョビ髭をはやして外国語を話す紳士首相の姿をしていたり、さもなければ、でっぷり艷のいい二重顎にふとって、白いバラなどを・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫