・・・窓に張った投身者よけの金網のたった一つの六角の目の中にこの安全地帯が完全に収まっていた。そこに若い婦人が人待つふぜいで立っていると、やがて大学生らしいのが来ていっしょになった。このランデヴーのほほえましい一場面も、この金網のたった一つの目の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 金網で造った長方形の箱形のもしばしば用いたが、あれも一度捕れると臭みでも残るのか、あとがかかりにくい。まれにかかってもたいていは思慮のない小ねずみで、老獪な親ねずみになるとなかなかどの仕掛けにもだまされない。いくらねずみでも時代と共に・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・方法はやはり水溜りに石油を撒き、井戸やタンクには金網を蔽うのである。 寺田寅彦 「話の種」
・・・時おりのら猫がねらいに来るので金網のふたをかぶせてあったのがいつとなくさび朽ちて穴の明いているのをそのままにしてあった。この夏のある朝見たら三尾の一尾が横になって浮いている。よく見ると鰓の下に傷あとがあって出血しているのである。金網の破れか・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・この鳥籠というのは動物園などにあるような土地へ据えるもので、直径が五尺ばかり高さが一丈ばかり、それは金網にかこまれて亜鉛の屋根のついた、円錐形のものである。それを病室のガラス障子の外に据えて数羽の小鳥を入れて見た。その鳥はキンパラという鳥の・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ それは、アメリカの映画で、女が無実の罪で監獄に入れられ、愛する男と金網越しに会わされる。ぴったりと女が自分の掌を金網にあて、男も自分の手のひらをそこへ合わせ、互いに求める心とあたたかみとをつたえ合おうとする情景であった。私には見ていら・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ 鶏が入らない様にあらい金網で仕切られた五坪ほどの中に六つ七つの小分けがつけてある。 此処も夏の中頃までは手入も行き届いて居たし、中のものも、今ほどめっぽう大きくなって居なかったので、青々と調って気持がよかったが、もう近頃は何とも彼・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 暫くして、私は金網越しに云った。「――だけれども結局、いくら引っぱって見たところではじまらないわけですね。世の中の土台がこのまんまじゃ。二十九日が来た。ソラ出ろ。……やっぱり食う道はありゃしない」「ふむ……」 監房の前の廊・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・帰京すると、彼はいつの間にか大きな金網を買って来た。そして、余りの休暇の折々に、大工の音をさせて、大きな円天井の籠を拵えた。そして、「あら、真個にお飼いになるの」と云う間もなく、可愛い二羽のべに雀と、金華鳥、じゅうしまつなどを、持ち・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・中庭の中央に物置小屋みたいなものがあり、横のあき地に赤錆のついた古金網、ねじ曲った鉄棒、寝台の部分品のこわれなどがウンと積まれている。 半地下室の窓が二つ、その古金物の堆積に向って開いている。女がならんで洗濯している。そこからは石鹸くさ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫