・・・ただ細い釣竿にずっと黄色をなするのは存外彼にはむずかしかった。蓑亀も毛だけを緑に塗るのは中々なまやさしい仕事ではない。最後に海は代赭色である。バケツの錆に似た代赭色である。――保吉はこう云う色彩の調和に芸術家らしい満足を感じた。殊に乙姫や浦・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・その男はなんでも麦藁帽をかぶり、風立った柳や芦を後ろに長い釣竿を手にしていた。僕は不思議にその男の顔がネルソンに近かったような気がしている。が、それはことによると、僕の記憶の間違いかもしれない。 二二 川開き やはり・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ と、引立てるように、片手で杖を上げて、釣竿を撓めるがごとく松の梢をさした。「じゃがの。」 と頭を緩く横に掉って、「それをば渡ってはなりませぬぞ。……渡らずと、橋の詰をの、ちと後へ戻るようなれど、左へ取って、小高い処を上らっ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・樹木の茂った丘の崖下の低地の池のまわりには、今日も常連らしい半纏着の男や、親方らしい年輩の男や、番頭らしい男やが五六人、釣竿を側にして板の台に坐って、浮木を眺めている。そしてたまに大きなのがかかると、いやこれはタマだとか、タマではあるまいと・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ すると、一人の十二、三の少年が釣竿を持って、小陰から出て来て豊吉には気が付かぬらしく、こなたを見向きもしないで軍歌らしいものを小声で唱いながらむこうへ行く、その後を前の犬が地をかぎかぎお伴をしてゆく。 豊吉はわれ知らずその後につい・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・富岡老人釣竿を投出してぬッくと起上がった。屹度三人の方を白眼で「大馬鹿者!」と大声に一喝した。この物凄い声が川面に鳴り響いた。 対岸の三人は喫驚したらしく、それと又気がついたかして忽ち声を潜め大急ぎで通り過ぎて了った。 富岡老人はそ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・だって布袋竹の釣竿のよく撓う奴でもってピューッと一ツやられたのだもの。一昨々日のことだったがね、生の魚が食べたいから釣って来いと命令けられたのだよ。風が吹いて騒ついた厭な日だったもの、釣れないだろうとは思ったがね、愚図愚図していると叱られる・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・黒鯛ならああいう竿で丁度釣れますのです。釣竿の談になりますので、よけいなことですがちょっと申し添えます。 或日のこと、この人が例の如く舟に乗って出ました。船頭の吉というのはもう五十過ぎて、船頭の年寄なぞというものは客が喜ばないもんであり・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 自分は自分のシカケを取出して、穂竿の蛇口に着け、釣竿を順に続いで釣るべく準備した。シカケとは竿以外の綸その他の一具を称する釣客の語である。その間にチョイチョイ少年の方を見た。十二、三歳かと思われたが、顔がヒネてマセて見えるのでそう思う・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・この兄弟の家の周囲には釣竿一本売る店がありませんでしたから。 お爺さんは何処からか釣針を探して来ました。それから細い竹を切って来まして、それで二本の釣竿を造りました。「針と竿が出来ました。今度は糸の番です。」とお爺さんは言って、栗の・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
出典:青空文庫