・・・ピアノも黒い胴を光らせている。鉢植えの椰子も葉を垂らしている。――と云うと多少気が利いていますが、家賃は案外安いのですよ。 主筆 そう云う説明は入らないでしょう。少くとも小説の本文には。 保吉 いや、必要ですよ。若い外交官の月給など・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・トックは右の手にピストルを握り、頭の皿から血を出したまま、高山植物の鉢植えの中に仰向けになって倒れていました。そのまたそばには雌の河童が一匹、トックの胸に顔を埋め、大声をあげて泣いていました。僕は雌の河童を抱き起こしながら、「どうしたのです・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・そこへテエブルの上へのせた鉢植えの紅梅が時々支那めいた匂を送って来る。 二人の間の話題は、しばらく西太后で持ち切っていたが、やがてそれが一転して日清戦争当時の追憶になると、木村少佐は何を思ったか急に立ち上って、室の隅に置いてあった神州日・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
ある男が、縁日にいって、植木をひやかしているうちに、とうとうなにか買わなければならなくなりました。そして、無花果の鉢植えを買いました。「いつになったら、実がなるだろう。」「来年はなります。」と、植木屋は答えました。しかしその木・・・ 小川未明 「ある男と無花果」
・・・ここへくる人たちは、だれでも、この鉢植えの前に足をとめて、感心して、ながめました。「いい、しんぱくですな。」 木は、みんなが、自分をほめてくれるのでうれしく思いました。いわつばめや、こうもりなどに、愛されるよりは、人間にほめられるほ・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・小さな門を中に入らなくとも、路から庭や座敷がすっかり見えて、篠竹の五、六本生えている下に、沈丁花の小さいのが二、三株咲いているが、そのそばには鉢植えの花ものが五つ六つだらしなく並べられてある。細君らしい二十五、六の女がかいがいしく襷掛けにな・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これまで花屋で鉢植えの草花などを買う時に、この花は始終に目をつけていたにかかわらず、いざ買うとなると、どういうものか、自分にはわからない不思議な動機でいつも他の花を買うのであった。品のいい、においのいい花だと思ってほしがっているくせに、いつ・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ 二 つるばらと団扇とリベラリスト 鉢植えのつるばらがはやると見えて至るところの花屋の店に出ている。それが、どれもこれも申し合わせたようにいわゆる「懸崖作り」に仕立てたものばかりである。同じ懸崖にしても、少しはなんと・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・これは日本女を不安にした。鉢植えの植物には薄青い芽が萌えたばかりである。そのみずみずしいのを猫は食いたいんだ、きっと。 臥たまま手でテーブルをガタガタやった。退かぬ。ちょうどいい工合に病室の扉があいた。 ――ああ、ターニャ! ―・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 梅時分になると、よく新宿駅などに、どこそこの梅と大きい鉢植えの梅の前に立てられている、ああいう形の立札が、門の右手に立てられて、そこには、名誉戦死者××××殿と謹んで記されてある。 その立札に記されている名は、後の門の表札に記され・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
出典:青空文庫