・・・置き並べた大理石の卓の上には、砂糖壺の鍍金ばかりが、冷く電燈の光を反射している。自分はまるで誰かに欺かれたような、寂しい心もちを味いながら、壁にはめこんだ鏡の前の、卓へ行って腰を下した。そうして、用を聞きに来た給仕に珈琲を云いつけると、思い・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・手にわるさに落ちたと見えて札は持たず、鍍金の銀煙管を構えながら、めりやすの股引を前はだけに、片膝を立てていたのが、その膝頭に頬骨をたたき着けるようにして、「くすくすくす。」 続けて忍び笑をしたのである。 立続けて、「くッくッ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・抜いて出すのを受け取って見たが、鍍金らしいので、「馬鹿!」僕はまた叱りつけたようにそれをほうり出した。「しどい、わ」吉弥は真ッかになって、恨めしそうにそれを拾った。「そんな物で身受けが出来る代物なら、お前はそこらあたりの達磨も同・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・さてはいよいよ武光という人もありけり、縁起などいうものは多く真とし難きものなれど、偽り飾れる疑ありて信とし難しものの端々にかえって信とすべきものの現るる習いなることは、譬えば鍍金せるものの角々に真の質の見るるが如しなどおもう折しも、按摩取り・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・古い達磨の軸物、銀鍍金の時計の鎖、襟垢の着いた女の半纏、玩具の汽車、蚊帳、ペンキ絵、碁石、鉋、子供の産衣まで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。集る者は大抵四十から五十、六十の相当年輩の男ばかりで、いずれは道楽の果・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・附け鬚模様の銀鍍金の楯があなたによく似合うそうですよ。いや、太宰さんは、もう平気でその楯を持って構えていなさる。僕たちだけがまるはだかだ」「へんなことを言うようですけれども、君はまるはだかの野苺と着飾った市場の苺とどちらに誇りを感じます・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・これに反して日本出来のは見掛けのニッケル鍍金などに無用な骨を折って、使用の方からは根本的な、油の漏れないという事の注意さえ忘れている。 ただアメリカ製のこの文化的ランプには、少なくも自分にとっては、一つ欠けたものがある。それを何と名づけ・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・曾て東京に一士人あり、頗る西洋の文明を悦び、一切万事改進進歩を気取りながら、其実は支那台の西洋鍍金にして、殊に道徳の一段に至りては常に周公孔子を云々して、子女の教訓に小学又は女大学等の主義を唱え、家法最も厳重にして親子相接するにも賓客の如く・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ニッケル鍍金でこんなにぴかぴか光っています。ここの環の所へ足を入れるとピチンと環がしまって、もうとれなくなるのです。もちろんこの器械は鎖か何かで太い木にしばり付けてありますから、実際一遍足をとられたらもうそれきりです。けれども誰だってこんな・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ それだのに、何故、私たちの目前にある其は、此れも亦醜いと云う点からさほど遠くない金鍍金で包まれて居るのでございましょう? アメリカの婦人は、神位にまで近づきます、けれども、「黄金の死」を死ぬのではございますまいか、私はこの二つの事・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫