・・・ 御存じの方は、武生と言えば、ああ、水のきれいな処かと言われます――この水が鐘を鍛えるのに適するそうで、釜、鍋、庖丁、一切の名産――その昔は、聞えた刀鍛冶も住みました。今も鍛冶屋が軒を並べて、その中に、柳とともに目立つのは旅館であります・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 風は、いちだんと悲痛な調子になって、「それには、俺がおまえを鍛えるよりしかたがない。いまおまえは、まだ小さくて教えても歌えまいが、いんまに大きくなったら俺の教えた『曠野の歌』と、『放浪の歌』とを歌うのだ。」と、風は、木の芽にむかっ・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・鉄を打つ音、鋼を鍛える響、槌の音、やすりの響は絶えず中庭の一隅に聞える。ウィリアムも人に劣らじと出陣の用意はするが、時には殺伐な物音に耳を塞いで、高き角櫓に上って遙かに夜鴉の城の方を眺める事がある。霧深い国の事だから眼に遮ぎる程の物はなくて・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・そしてこの苦悩の重圧は、人々をひしぐか鍛えるか二つに一つしか返事を出さない。 ツワイクがドストイェフスキー論の中に言っているとおり、「ワイルドがその中で鉱滓となってしまった熱の中でドストイェフスキーは輝く硬度宝石に形づくられた。」・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
出典:青空文庫