・・・白樺の木共はこれから起って来る、珍らしい出来事を見ようと思うらしく、互に摩り寄って、頸を長くして、声を立てずに見ている。 女学生が最初に打った。自分の技倆に信用を置いて相談に乗ったのだと云う風で、落ち着いてゆっくり発射した。弾丸は女房の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
ある国に美しいお姫さまがありました。いつも赤い着物をきて、黒い髪を長く垂れていましたから、人々は、「赤い姫君」といっていました。 あるときのこと、隣の国から、お姫さまをお嫁にほしいといってきました。お姫さまは、その皇子をまだごらん・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・したが、矢張お召縮緬の痩躯な膝と、紫の帯とが見ゆるばかりで、如何しても頭が枕から上らないから、それから上は何にも解らない、しかもその苦しさ切無さといったら、昨夜にも増して一層に甚しい、その間も前夜より長く圧え付けられて苦しんだがそれもやがて・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・人一倍髪の毛が長く、そして黒い。いわばこの長髪だけが無疵で残って来たという感じである。おまけにこの長髪には、ささやかながら私の青春の想い出が秘められているようである。男にも髪の歴史というものがないわけではない。 二・・・ 織田作之助 「髪」
・・・顔も体格に相応して大きな角張った顔で、鬚が頬骨の外へ出てる程長く跳ねて、頬鬚の無い鍾馗そのまゝの厳めしい顔をしていた。処が彼が瞥と何気なしに其巡査の顔を見ると、巡査が真直ぐに彼の顔に鋭い視線を向けて、厭に横柄なのそり/\した歩き振りでやって・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・漸々と出る息が長く引く息は短く、次第次第に呼吸の数も減って行きます。そして、最後に大きく一つ息を吐いたと思うと、それ切りバッタリと呼吸がとまって仕舞いました。時に三月二十四日午前二時。 梶井久 「臨終まで」
・・・その感情は喉を詰らせるようになって来、身体からは平衝の感じがだんだん失われて来、もしそんな状態が長く続けば、そのある極点から、自分の身体は奈落のようなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思われる。それも花火に仕掛けられた紙人形のように、身体・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・ 木村は細長い顔の、目じりの長く切れた、口の小さな男で、背たけは人並みに高く、やせてひょろりとした上につんつるてんの着物を着ていましたから、ずいぶんと見すぼらしいふうでしたけれども、私の目にはそれがなんとなくありがたくって、聖者のおもか・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・そして青春の幸福を長く保とうとねがうならば、童貞を長く保たねばならぬ。学生時代を童貞ですごすことは一生から見て、少しも損失ではない。これは冷淡な教父の如き心でいうのでなく、現実的な考慮を経ていうのである。つまり女を知るの機会は、もし欲するな・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・が、聯隊の経理室から出た俸給以外に紙幣が兵卒の手に這入る道がないことが明瞭であるにも拘らず、弱点を持っている自分の上に、長くかゝずらっている憲兵の卑屈さを見下げてやりたい感情を経験せずにはいられなかった。主計には頭が上らないから、兵卒のとこ・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫