・・・風呂にはいっては長椅子に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけって、そしてうとうとと昼寝をむさぼっていた肉欲的な昔の人の生活を思い浮かべないわけにはゆかなかった。 劇場の中のまるい広場には、緑の草の毛氈の中に真紅の虞美人草が咲き乱れて・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・その頃彼はよく長椅子に凭れてぼんやりしていることがあった。友人には、面白い作り話を考えているんだと云ったが、実は数学の問題を考えていたらしい。彼は生涯喫煙はしなかった。 一八六四年の秋には Sheepshanks Exhibitione・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・窓の下には幅の広い長椅子がある。先生は手紙をその上に置いて自身は馬乗りに椅子に掛けた。そして気の無さそうに往来を見卸した。 ちょうど午後三時である。Rue de la Faisanderie の大道は広々と目の下に見えていて、人通りは少・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ゴーシュはやぶれかぶれだと思ってみんなの間をさっさとあるいて行って向うの長椅子へどっかりとからだをおろして足を組んですわりました。 するとみんなが一ぺんに顔をこっちへ向けてゴーシュを見ましたがやはりまじめでべつにわらっているようでもあり・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ 秋の薄曇った或る日、一太は茶色に塗った長椅子の端に腰かけ、ぼんやり脚をぶらぶらやっていた。一太の傍に母親がいて向うの別な椅子にもう一人よその人がいる。一太と母とは、稼ぎの一つである訪問に来ているのであった。薄暗い部屋の中に、何一つ一太・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ インガが、ドミトリーとのことを話し、彼の妻子について彼女が気を重くしていることを云ったら、長椅子の上へ寝ころびながら、メーラは口笛を吹きながら云った。「何でもありぁあしないじゃないの。三人で暮す。それっきりのことさ。」「――で・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 長椅子の隅に丸まって少女雑誌を読んでいた晴子が、顔を擡げおかっぱの髪を頬から払いのけながら、意を迎えるように口を挾んだ。「そうなのさ」 母は益々不機嫌に、「だから始っから、父様さえちゃんとしてとりかえさせておしまいになれば・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・それは折たたみ椅子でのばすと長椅子にして寝られ背の勾配も加減できるのです。籐でしっかりしていて、お父さんの大きいお体でも平気です。近く山崎さんの伯父上[自注9]が御出京になり、あなたにもお会いになりたいそうです。 ところで、この手紙はき・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・青山高樹町の家の客間に通され、フランス土産の飾り板などある長椅子のところで、毛糸の部屋着の姿で、そのときは割合永い間あれこれと話した。芝白金時代、かの子さんの健康はすぐれない状態であったが、その後の数年間に恢復して、その時分は本当に体がいい・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・ 壁に少し、愛する絵をかけ、ゆっくりと体をのばして考えに耽られる長椅子があり、一隅にピアノがあれば、私はすっかり満足するでしょう。 附属部屋のようにし、重い垂帳で区切った小寝室が作られるのもよかろうと思います。私の寝起きは、不規則に・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
出典:青空文庫