・・・慎太郎は義兄の言葉の中に、他人らしい無関心の冷たさを感じた。「しかし私が診察した時にゃ、まだ別に腹膜炎などの兆候も見えないようでしたがな。――」 戸沢がこう云いかけると、谷村博士は職業的に、透かさず愛想の好い返事をした。「そうで・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・彼れはそこの所を幾度も無関心に繰返した。笠井の娘――笠井の娘――笠井の娘がどうしたんだ――彼れは自問自答した。段々眼がかすんで来た。笠井の娘……笠井……笠井だな馬を片輪にしたのは。そう考えても笠井は彼れに全く関係のない人間のようだった。その・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・容喙された以上は私の所言に対して関心を持たれたに相違ない。関心を持たれる以上は、氏の評論家としての素質は私のいう第一の種類に属する芸術家のようであることはできないのだ。氏は明らかに私のいう第二か第三かの芸術家的素質のうちのいずれかに属するこ・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・軽蔑しないまでも殆ど無関心にエスケープしている。しかしいのちを愛する者はそれを軽蔑することが出来ない。B 待てよ。ああそうか。一分は六十秒なりの論法だね。A そうさ。一生に二度とは帰って来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になったが、『しがらみ草紙』や『めざまし草』で盛んに弁難論争した頃は、六号活字の一行二行の道聴塗説をさえも決して看過しないで堂々と論駁もするし弁明もした。 それにつき鴎外の性格の一面を窺うに足る・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・が、既に右眼の視力を奪われたからには、霜を踏んで堅氷到るで、左眼もまたいつ同じ運命に襲われるかも計り難いのは予期されるので、決して無関心ではいられなかったろう。それにもかかわらず絶倫の精力を持続して『八犬伝』以外『美少年録』をも『侠客伝』を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・褒められても貶されても余り深く関心しなかったろうし、自ら任ずるほどの作とも思っていなかった。 正直にいったら『浮雲』も『其面影』も『平凡』も皆未完成の出来損ないである。あの三作で文人としての名を残すのは仮令文人たるを屑しとしなくてもまた・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・故に、社会は、また児童等の生活について、無関心たること能わぬのである。 夜業禁止や、時間制により、工場はある不幸な児童等は救はれたのであるが、尚、眼に見えざる場処に於ての酷使や、無理解より来る強圧を除くには、社会は、常に警戒し、防衛しな・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・同時に、正純な美について、愛について、また平和について、寸時も関心を怠ってはならぬと思うのであります。この種の児童文学こそ、次の新社会を建設する者のために、実に存在しなければならぬものでありながら、いまだに華々しくは出現しない。その原因は、・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・お君の関心が豹一にすっかり移ってしまったので、安二郎は豹一の存在を徳とし、豹一の病気を本能的に怖れていても公然とはいやな顔をしなかった。 しかし豹一は二月も寝ていなかった。絶えず何かの義務を自分に課していなければ気のすまぬ彼は、無為徒食・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫