・・・「露国の名誉ある貴族たる閣下に、御遺失なされ候物品を返上致す機会を得候は、拙者の最も光栄とする所に有之候。猶将来共。」あとは読んでも見なかった。 おれはホテルを出て、沈鬱して歩いていた。頼みに思った極右党はやはり頼み甲斐のない男であった・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・婢答ヘテ曰ク閣下ノ言フガ如シ。抑是ノ酒肆ハ浅草雷門外ナル一酒楼ノ分店ニシテ震災ノ後始テ茲ニ青ヲ掲ゲタルモノ。然ルガ故ニ婢モ亦開店ノ当初ニ在リテハ浅草ノ本店ヨリ分派セラレシモノ尠シトナサヾリキ。今ヤ日ニ従テ新陳代謝シ四方ヨリ風ヲ臨ンデ集リ来レ・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・特務曹長「よし。閣下はまだおやすみだ。いいか。われわれは軍律上少しく変則ではあるがこれから食事を始める。」兵士悦ぶ。曹長特務曹長「いや、盗むというのはいかん。もっと正々堂々とやらなくちゃいけない。いいか。おれがやろう。」・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・野木さんのお流儀で。」「己がいらないのだ。野木閣下の事はどうか知らん。」「へえ。」 その後は別当も敢て言わない。 石田は司令部から引掛に、師団長はじめ上官の家に名刺を出す。その頃は都督がおられたので、それへも名刺を出す。中に・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・畑閣下が幹事だからね」 こう云って置いて、三枝は元の席に返ってしまった。 私は始て気が附いて、承塵に貼り出してある余興の目録を見た。不折まがいの奇抜な字で、余興と題した次に、赤穂義士討入と書いて、その下に辟邪軒秋水と注してある。・・・ 森鴎外 「余興」
・・・「Trichophycia, Eczema, Marginatum.」 彼は頭を傾け変えるとボナパルトに云った。「閣下、これは東洋の墨をお用いにならなければなりません」 この時から、ナポレオンの腹の上には、東洋の墨が田虫の輪・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫