・・・と話していると、隣室から土人娘の子守歌が聞こえる。それに探偵が聞き耳を立てるところに一編の山がある。こういう例はあげれば際限なくあげられるかもしれないが、しかし概して自動車の音、ピストルの響きの紋切り形があまりにうるさく幅をきかせ過ぎて物足・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ レオナルド・ダ・ヴィンチが画を描く時に隣室で音楽を奏でさせたという話があるが、これももちろんただ音楽の雰囲気だけを要求したものに相違ない。彼は恐ろしく多面的な忙しい頭脳をもっていた人である。時としては彼の神経は千筋に分裂して、そのすべ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 六 ある食堂の隣室に自働電話の自働交換台がある。同じような筒形のものが整列し、それが数段に重なっている。食事をしながらぼんやり見ていると、ときどきあちこちに小さな豆電燈がついたり消えたりする。それらの灯のあ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・この一枚の仕切をがらりと開けさえすれば、隣室で何をしているかはたやすく分るけれども、他人に対してそれほどの無礼をあえてするほど大事な音でないのは無論である。折から暑さに向う時節であったから縁側は常に明け放したままであった。縁側は固より棟いっ・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・彼は暫く、両方の瞳を隅の方に凝して厚い壁で仕切られた隣室の様子に注意した。こっそり立ってクリーム色の壁のむこうを覗いて見たい気が頻りにした。――医者は動くことを禁じている。―― 彼は、指先に力を入れてジーッとベルを押した。 跫音がし・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・一太は坐って隣室との境の唐紙にぶつかると叱られるから、大抵寝転った。頭を母の方に向け、両脚を、竹格子の窓に突出した。屋根がトタンだから、風が吹いて雨が靡くとバラバラ、小豆を撒くような音がした。さもなければザッ、ザッ、気味悪くひどい雨音がする・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・あらゆる部分品を組立てる。隣室には現像液が用意される。運転手に合図してダイナモが動き始める。マリアが姿を現わして後三十分でこれらの事が運ばれた。それから暗い部屋に外科医と一緒に閉じこもるキュリー夫人の前に、うめく人を乗せた担架が一つ一つと運・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ 手紙は私の留守にフダーヤが伊豆に出かけたこと、あまり愉快でなかったこと、特に宿屋の隣室に変な一組がいて悩殺されたことなどを知らした。彼女は、腕白小僧のような口調でそれ等の苦情をいっている。私は、彼女の顔つきを想像し、声に出ない眼尻の笑・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・南フランスから出て来たドーデが巴里でそのような可憐ないくつかの小説を書きはじめた時分、小さな一人の男の子が書斎の父さんのところから、隣室で清書している母さんのところまでよちよちと書きあげられた原稿を一枚一枚運ぶ役をつとめた。ドーデはその回想・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・野性的の感○蚕種寒心太製造 隣室の話 男、中年以上姉さんという女 もっと若い女、 芸者でもなし。品のわるい話。工女であった。古女「こんだあ、上野公園や日比谷公園へつれてってくれないかね。」古・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫