・・・そして自分の無能と不心得から、無惨にも離散になっている妻子供をまとめて、謙遜な気持で継母の畠仕事の手伝いをして働こう。そして最も素朴な真実な芸術を作ろう……」などと、それからそれと楽しい空想に追われて、数日来の激しい疲労にもかかわらず、彼は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・キューリー夫人のように自分の最愛の夫であり、唯一の科学の共働者であるものを突然不慮の災難によって奪い去らるる死別もあれば、ただ貧苦のためだけで一家が離散して生きなければならない生別もある。姉は島原妹は他国 桜花かや散りぢりに・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 滅びた主家の家臣らが思い思いに離散して行く感傷的な終末に「荒城の月」の伴奏を入れたのは大衆向きで結構であるが、城郭や帆船のカットバックが少しくど過ぎてかえって効果をそぐ恐れがありはしないか。自分がいつも繰り返して言うようにもし映画製作・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・第二の故郷の一つであったIの家はとうの昔に一家離散してしまったが家だけは震災前までだいたい昔の姿で残っていたのに今ではそれすら影もなくなってしまい、昔帳場格子からながめた向かいの下駄屋さんもどうなったか、今三越のすぐ隣にあるのがそれかどうか・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・しかのみならず、この法外の輩が、たがいにその貧困を救助して仁恵を施し、その盗みたる銭物を分つに公平の義を主とし、その先輩の巨魁に仕えて礼をつくし、窃盗を働くに智術をきわめ、会同・離散の時刻に約を違えざる等、その局処についてこれをみれば、仁義・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・まで世界中の事相を観るに、各種の人民相分れて一群を成し、その一群中に言語文字を共にし、歴史口碑を共にし、婚姻相通じ、交際相親しみ、飲食衣服の物、すべてその趣を同うして、自から苦楽を共にするときは、復た離散すること能わず。すなわち国を立てまた・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・藤村は一家離散を敢てして、その作品を自費出版した。ここには、作家藤村の独特な生活力の粘りつよさが現れているばかりでなく、今日の私たちの胸をも引き緊める作家としての気魄が感じられる。だが、当時、何かの賞が、藤村のその精神と作品とに対して与えら・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・は、小河内村の住民の永年に及んだ窮乏化と受けた偽瞞と最後の離散とを記録した小説である。一般の読者に漠然とながら用意された心持がある今日であるから、作者の努力は十分に納得される条件をもっている。石川氏という作家の資質にあった題材でもある。・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫