・・・或る一人が他の一人を窘めようと思って、非常に字引を調べて――勿論平常から字引をよく調べる男でしたが、文字の成立まで調べて置いて、そして敵が講じ了るのを待ち兼ねて、難問の箭を放ちました。何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・私は、否、と答えたいのでありますが、とにかく今、諸君と共に、この難問に就いて、尚しばらく考えてみることに致しましょう。この悪徳の芸術家は、女房の取調べと同時に、勿論、市の裁判所に召喚され、予審検事の皮肉極まる訊問を受けた筈であります。 ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・人の言葉が、犬と人との感情交流にどれだけ役立つものか、それが第一の難問である。言葉が役に立たぬとすれば、お互いの素振り、表情を読み取るよりほかにない。しっぽの動きなどは、重大である。けれども、この、しっぽの動きも、注意して見ているとなかなか・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・いわゆる物自体の難問も、そこから起って来るのである。主客の対立を形式と内容または質料との対立に代えても同様である。フィヒテに至っては、周知の如く、かかる不徹底的矛盾を除去すべく、認識主観の実体化の方向に進んだ。述語的主体は自己自身を限定する・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・「キャナライゼーションとデモクラシーとの関係はアメリカにとって一つの難問だと思います」 これはなかなか意味の深い点で、文化の問題として客観的にみるとある意味ではパール・バックその人がどこまでこの高度資本主義的な階級心理から自由であるかと・・・ 宮本百合子 「アメリカ文化の問題」
・・・話はドイツ語の事を離れぬが、別に私に難問をするでもない。新に得た地位に安んじて、熱心に初学者にドイツ語を教える方法を研究して、それを私に相談する。そう云う話を聞くうちに、私は次第に君と私とのドイツ語の知識に大分相違のあることを知った。それは・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ただ分っていることは、人人は神を信じるか、それとも自分の頭を信じるかという難問のうちの、一つを選ぶ能力に頼るだけである。他の文句など全く不必要なこんなときでも、まだ何とかかとか人は云い出す運動体だということ、停ったかと思うと直ちに動き出すこ・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・そして、戦争が敗北に終わろうと、勝利になろうと、同様に続いて変らぬ排中律の生みつづけていく難問たることに変りはない。「あなたの光線は、威力はどれほどのものですか。」 梶が栖方に訊ねてみようかと思ったのも、何かこのとき、ふと気かがりな・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫