・・・ 刻々と揉む歴史の濤頭は荒くて、ふるい女らしさの小舟はすでに難破していると思う。私たちは、近代の科学で設計され、動的で、快活で、真情に富んだ雄々しい明日の船出を準備しなければならないのだと思う。〔一九四〇年二月〕・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・今日、食糧事情はそこまで逼迫しているという人もあろうが、難破して漂流している孤舟の中に生じた事件と仮定してさえも、私ども正常の人間性はその残酷さを許し得ないのである。ましてやこの事件は、単純きわまる残忍さが徹底している点で言語道断な特殊な一・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・ジャーナリズムは金攻めの岩、自由攻め岩、民主攻めの岩々をよけながら難破しないで前進してゆかなければならない。ジャーナリストの眼には、ちらちら横に動くはやさのほかに、遠くのものを見とおせる航海者の視力と、ローリング・ピッチングにたえる脚の力が・・・ 宮本百合子 「ジャーナリズムの航路」
・・・それらの息子等の生活態度に反対しつつ、抽象的に人格の自由を重んじ無抵抗ならんとした心持が一つの矛盾となって、現実的な形での対立は固持し得なかった一家の父としてのレフ・トルストイの難破した姿。 思想的にはこれと意味がちがい、もっと弱い調子・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・大体日本の社会が家庭というものを、実際は大分難破しかかっているにも拘らず、唯一の心の寄り所のようにして来た歴史が長くて、今日のところでは女の人にしろ男の人にしろ、矢張り古い形で家庭の夢の残りを持っている、そしてまた、それに執着して生きている・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・船が難破しかかったとき、最後にその船を転覆させて自分たちの命もすてさせてしまうのは、舷の傾いた方へ我を失って塊りすがりつく未訓練な乗客の重量である。その通りのことが生じて来る。批判は発展的にされず、対比的にされる。ああではない、だからこう、・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・それらの人々は、経済的に、政治的に祖国を破綻させたとともに、民族の道義をも難破させた。戦争を強行するためには、すべての人民が、理不尽な強権に屈従しなければ不便であった。その目的のために、考え、判断し、発言し、それに準じて行動する能力を奪った・・・ 宮本百合子 「その源」
出典:青空文庫