・・・至極もっともな憤慨だから、僕もさっそくこれに雷同した。そうして皆で、受付を閉じて、斎場へはいった。 正面の高い所にあった曲きょくろくは、いつの間にか一つになって、それへ向こうをむいた宗演老師が腰をかけている。その両側にはいろいろな楽器を・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・人間は、善美の理想に向って、克己奮闘する時こそ、進歩も向上も見られるけれど、雷同し、隷属化された時は、自分自身の行くべき道すら見失うものであります。 人生の進路も、生活の形態も、一元的に決定することはできないであろう。故に、一つの主義が・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・云々という言葉の内容自身が、人間というものは独創的でなくっちゃいかん、不和雷同するな、人の言ったことや、したことの真似をすると嗤われるぞ――という、いわば独創の宣伝みたいな意味を含んでおります。ところがですね、「猫も杓子」も云々というような・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・恐るべきは権威でなくて無批判な群衆の雷同心理でなければならない。 本当の科学を修めるのみならずその研究に従事しようというものの忘るべからざる事は、このような雷同心の芟除にある。換言すれば勉めて旋毛を曲げてかかる事である。如何なる人が何と・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・たらしい数式を並べ、画家はろくに自然を見もしないでいたずらにきたならしい絵の具を塗り、思想家は周囲の人間すらよくも見ないでひとりぎめのイデオロギーを展開し、そうして大衆は自分の皮膚の色も見ないでこれに雷同し、そうして横文字のお題目を唱えてい・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・見もしないで長たらしい数式を並べ、画家はろくに自然を見もしないで徒に汚らしい絵具を塗り、思想家は周囲の人間すらよくも見ないで独りぎめのイデオロギーを展開し、そうして大衆は自分の皮膚の色も見ないでこれに雷同し、そうして横文字のお題目を唱えてい・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・わたくしは老後の余生を偸むについては、唯世の風潮に従って、その日その日を送りすごして行けばよい。雷同し謳歌して行くより外には安全なる処世の道はないように考えられている。この場合わが身一つの外に、三界の首枷というもののないことは、誠にこの上も・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・信仰の点においても、趣味の点においても、あらゆる意見においても、かつて雷同附和の必要を認めない。また阿諛迎合の必要を認めない。してみるといわゆる文明社界に生息している人間ほど平等的なるものはなく、また個人的なるものはない。すでに平等的である・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・不利は、物的事情にとどまらず、業者とその気分に雷同する一部の作家間に、もうアプレ・ゲールでもないだろう、と咲きのこりの昼顔でも見るような態度をひきおこした。皮肉なことは、戦後派とよばれた近代文学同人たちの大部分が、前年の下半期から一九四九年・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・そう云う場合、人は、冥々の裡に与えられる暗示に導かれて、兎もすると無批判な雷同に堕して仕舞います。群衆の不思議な催眠術が幅を利かせます。そして、つい半年許り前は、地球の何処の隅に其那字が在るかと云うように無智であった者まで、流行の標言を振り・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫