・・・風の音、雨のしぶき、それから絶え間ない稲妻の光、――暫くはさすがの峨眉山も、覆るかと思う位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴が轟いたと思うと、空に渦巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちかかりました。 杜・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ お敏は雷鳴と雨声との中に、眼にも唇にも懸命の色を漲らせて、こう一部始終を語り終りました。さっきから熱心に耳を傾けていた泰さんと新蔵とは、この時云い合せたように吐息をして、ちらりと視線を交せましたが、兼て計画の失敗は覚悟していても、一々・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・しからざれば陰惨な光景を呈して灰白色となり、暗黒色となり、雷鳴を起し、電光を発し、風を呼び、雨をみなぎらせるのであるが、そのはじめに於て、千変万化の行動に関して、吾人のはかり知ることを許さないのが雲である。 神出鬼没の雲の動作程、美と不・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・点滴の音によってその室の広さを感じ、雷鳴の響きによって山の近さを感じることも可能になるであろう。 ともかくも光像と音響は単に並行的に使用さるべきものではなく、対位法的、調音的に編集さるべきものである。並行的使用は両方の要素を相殺し、対位・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 子供の時分にこの臆病な私の胆玉を脅かしたものの一つは雷鳴であった。郷里が山国で夏中は雷雨が非常に頻繁であり、またその音響も東京などで近頃聞くのとは比較にならぬほど猛烈なものであったような気がする。これは単に心理的にそう思われたばかりで・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・遠方の雷に伴う電光が空に映るのだが、雷鳴の音は距離が遠いのと空気の温度分布の工合で聞えぬのである。稲妻のぴかりとする時間は一秒の百万分一という短時間で、これに照らして見れば砲丸でも止まって見える。あまり時間が短いから左程強く目には感ぜぬが、・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・とちょうど雷鳴の反響のような余韻が二三秒ぐらい続き次第に減衰しながら南の山すそのほうに消えて行った。大砲の音やガス容器の爆発の音などとは全くちがった種類の音で、しいて似よった音をさがせば、「はっぱ」すなわちダイナマイトで岩山を破砕する音がそ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・というのは、一人が雷神になって例えば障子の外の縁側へ出て戸をたたいて雷鳴の真似をする。大勢で車座に坐って茶碗でも石塊でも順々に手渡しして行く。雷の音が次第に急になって最後にドシーンと落雷したときに運拙くその廻送中の品を手に持っていた人が「罰・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ 同様な事は聴官についてもある。雷鳴の音の波の振幅は多くの場合に耳の近くで雨戸を繰る音に比べて大きなものではないのに雷の音は著しく大きいと考えるのはやはり直接の感官を無視して音響の強度の距離と共に感ずる物理的方則を標準としているのである・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・また雷鳴の音響の生因について種々の考えがあげてあるが、この問題については現在でもまだ種々の異説があるくらいである。この方面の研究に没頭せる気象学者にとっては、この一節は尽きざる示唆の泉を与えるであろう。 また風が速度のために熱するという・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
出典:青空文庫