・・・ 青山の斎場へ行ったら、靄がまったく晴れて、葉のない桜のこずえにもう朝日がさしていた。下から見ると、その桜の枝が、ちょうど鉄網のように細く空をかがっている。僕たちはその下に敷いた新しいむしろの上を歩きながら、みんな、体をそらせて、「・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・「又あしたでも、……きょうは青山まで出かけるのだから」「ああ、あすこ? まだ体の具合は悪いの?」「やっぱり薬ばかり嚥んでいる。催眠薬だけでも大変だよ。ヴェロナアル、ノイロナアル、トリオナアル、ヌマアル……」 三十分ばかりたっ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 又夏目先生の御葬式の時、青山斎場の門前の天幕に、受附を勤めし事ありしが、霜降の外套に中折帽をかぶりし人、わが前へ名刺をさし出したり。その人の顔の立派なる事、神彩ありとも云うべきか、滅多に世の中にある顔ならず。名刺を見れば森林太郎とあり・・・ 芥川竜之介 「森先生」
・・・執着心がないからして都府としての公共的な事業が発達しないとケナス人もあるが、予は、この一事ならずんばさらに他の一事、この地にてなし能わずんばさらにかの地に行くというような、いわば天下を家として随所に青山あるを信ずる北海人の気魄を、双手を挙げ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 青山の墓地と、谷中の墓地と所こそは変わりたれ、同一日に前後して相逝けり。 語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。 泉鏡花 「外科室」
・・・――青山、葉山、羽黒の権現さんあとさき言わずに、中はくぼんだ、おかまの神さん唄いつつ、廻りつつ、繰り返す。画工 (茫然として黙想したるが、吐息して立ってこれを視おい、おい、それは何の唄だ。小児一 ああ、何・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・青空、青山、正面の雪の富士山の雲の下まで裾野を蔽うといいます紫雲英と更めて吃驚したように言うんだね。私も、その日ほど夥しいのは始めてだったけれど、赤蜻蛉の群の一日都会に漲るのは、秋、おなじ頃、ほとんど毎年と云ってもいい。子供のうちから大好き・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・語学校の教授時代、学生を引率して修学旅行をした旅店の或る一夜、監督の各教師が学生に強要されて隠し芸を迫られた時、二葉亭は手拭を姉さん被りにして箒を抱え、俯向き加減に白い眼を剥きつつ、「処、青山百人町の、鈴木主水というお侍いさんは……」と瞽女・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 明治三十年六月二十日東京青山において内村鑑三に及ぶ文章はあるまい。これはまったく外からの雑りのない、もっとも純粋なる英語であるだろう」と申しました。そうしてかくも有名なる本は何であるかというと無学者の書いた本でありま・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 道子はそう呟くと、姉の遺骨のはいった鞄を左手に持ちかえて、そっと眼を拭き、そして、錬成場にあてられた赤坂青山町のお寺へ急ぐために、都電の停留所の方へ歩いて行った。 織田作之助 「旅への誘い」
出典:青空文庫