・・・新開地の北海道で内地的といえば、説明するまでもなく種々の死法則のようやく整頓されつつあることである。青柳町の百二十余日、予はついに満足を感ずることができなかった。 八月二十五日夜の大火は、函館における背自然の悪徳を残らず焼き払った天の火・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ と身を横に、蔽うた燈を離れたので、玉ぼやを透かした薄あかりに、くっきり描き出された、上り口の半身は、雲の絶間の青柳見るよう、髪も容もすっきりした中年増。 これはあるじの国許から、五ツになる男の児を伴うて、この度上京、しばらくここに・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 三 門、背戸の清き流、軒に高き二本柳、――その青柳の葉の繁茂――ここに彳み、あの背戸に団扇を持った、その姿が思われます。それは昔のままだったが、一棟、西洋館が別に立ち、帳場も卓子を置いた受附になって、蔦屋の様子・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 瞬間、島の青柳に銀の影が、パッと映して、魚は紫立ったる鱗を、冴えた金色に輝やかしつつ颯と刎ねたのが、飜然と宙を躍って、船の中へどうと落ちた。その時、水がドブンと鳴った。 舳と艫へ、二人はアッと飛退いた。紫玉は欄干に縋って身を転わす・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・と枝折戸でいう一種綿々たる余韻の松風に伝う挨拶は、不思議に嫋々として、客は青柳に引戻さるる思がする。なお一段と余情のあるのは、日が暮れると、竹の柄の小提灯で、松の中の径を送出すのだそうである。小褄の色が露に辷って、こぼれ松葉へ映るのは、どん・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・という中性の流し芸人が流しに来て、青柳を賑やかに弾いて行ったり、景気がよかった。その代り、土地柄が悪く、性質の良くない酒呑み同志が喧嘩をはじめたりして、柳吉はハラハラしたが、蝶子は昔とった杵柄で、そんな客をうまくさばくのに別に秋波をつかった・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・比較的新しい方の例で自分の体験の記憶に残っているのは明治三十二年八月二十八日高知市を襲ったもので、学校、病院、劇場が多数倒壊し、市の東端吸江に架した長橋青柳橋が風の力で横倒しになり、旧城天守閣の頂上の片方の鯱が吹き飛んでしまった。この新旧二・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 明治三十二年というと中島湘煙の死ぬ二年前のことだが、その頃青柳有美が大磯の病床に彼女を訪問したときの湘煙の談話は、彼女の女性観をまざまざと示している。 有美はその時分女への悪口で攻撃されていたらしい。湘煙はいくらか同情気味で「私は・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・日本画では理解が皮相的な憾みはあるが「煙草売る店」青柳喜美子、「夕」三谷十糸子、「娘たち」森田沙夷などは、それぞれに愛すべき生活のディテールをとらえて、画に生活の感情をふき込もうとしているに対して煩悶のない有馬氏の「後庭」はじめ「温室」「レ・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・新聞のつたえるところによると青柳弁護士が、あのさわぎを誘発したのは丸の内警察署の誰某と名前をあげて弁論している。ひとを一定の罪にひっかけるために挑発し、行動したものは、それが権力の使用人であれば罪はないというものだろうか。罪の原因をうみ出し・・・ 宮本百合子 「動物愛護デー」
出典:青空文庫