・・・もしこの時部屋の外から、誰か婆さんの容子を見ていたとすれば、それはきっと大きな蝙蝠か何かが、蒼白い香炉の火の光の中に、飛びまわってでもいるように見えたでしょう。 その内に妙子はいつものように、だんだん睡気がきざして来ました。が、ここで睡・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・色の蒼白い、目の沾んだ、どこか妙な憂鬱な、――」「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。」 飯沼はもう一度口を挟んだ。「だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論銀杏返し、なりは薄青い縞のセルに、・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・一つの道を踏みかけては他の道に立ち帰り、他の道に足を踏み入れてなお初めの道を顧み、心の中に悶え苦しむ人はもとよりのこと、一つの道をのみ追うて走る人でも、思い設けざるこの時かの時、眉目の涼しい、額の青白い、夜のごとき喪服を着たデンマークの公子・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ と威勢よく呼んだ、その時は先生奮然たる態度で、のぼせるほどな日に、蒼白い顔も、もう酔ったようにかッと勢づいて、この日向で、かれこれ燗の出来ているらしい、ペイパの乾いた壜、膚触りも暖そうな二合詰を買って、これを背広の腋へ抱えるがごとくに・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 真綿をスイと繰ったほどに判然と見えるのに、薄紅の蝶、浅葱の蝶、青白い蝶、黄色な蝶、金糸銀糸や消え際の草葉螟蛉、金亀虫、蠅の、蒼蠅、赤蠅。 羽ばかり秋の蝉、蜩の身の経帷子、いろいろの虫の死骸ながら巣を引ひんむしって来たらしい。それ等・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・下ふくれの青白い顔、年は二十五六か、健康なものとはどうしても見えない。予は深く憐れを催した。家には妻も子もあって生活に苦しんで居るものであることが、ありありと顔に見える。予も又胸に一種の淋しみを包みつつある此際、転た旅情の心細さを彼が為に増・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ とあの青白い尖口の其のたまげた顔をおれの鼻っさきへ持ってきていうのさ、兼さん何でもないよ鎌を買いに来たんだよ、日中は熱いから朝っぱらにやって来たのさ、こういうと、「そらアよかった、まア旦那お早ようございます」と直ぐにけろりとした風・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・「三四尺の火尾を曳いて弓形に登り、わが散兵線上に数個破裂した時などは、青白い光が広がって昼の様であった。それに照らされては、隠れる陰がない。おまけに、そこから敵の砲塁までは小川もなく、樹木もなく、あった畑の黍は、敵が旅順要塞に退却の際、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・時々家の前に七ツ八ツの青白い顔の女の児が、乳飲児を負って立っているのを見た。妻がその女の児を見ながら、『死んだ人の顔だってあんなに青くはない。』と言ったことがある。 なんでも其の顔付は、極端な腎臓病に罹っているような徴候らしくあった・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・ そこへ、青白い顔をした、やつれた母親がやってきました。 ――あまり帰りが遅いので、どうしたかと思ってやってきた。もう学校へいかなければならぬ時刻だ。私がかわるから、早く、これから帰って、飯を食べて学校へいきなさい――。 こうい・・・ 小川未明 「煙突と柳」
出典:青空文庫