・・・ 色の蒼白い男だが、ペラペラと喋る唇はへんに濁った赤さだった。「だめだ。今夜は生憎ギラがサクイんだ」 ギラとは金、サクイとは乏しい。わざと隠語を使って断ると、そうですか、じゃ今度またと出て行った。 ほかの客に当らずに出て行っ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ そんな風の中を時代遅れの防空頭巾を被って訪れて来た客も、頭巾を脱げば師走の顔であった。青白い浮腫がむくみ、黝い隈が周囲に目立つ充血した眼を不安そうにしょぼつかせて、「ちょっと現下の世相を……」語りに来たにしては、妙にソワソワと落ち着き・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 臥ようとすると、蒼白い月光が隈なく羅を敷たように仮の寝所を照して、五歩ばかり先に何やら黒い大きなものが見える。月の光を浴びて身辺処々燦たる照返を見するのは釦紐か武具の光るのであろう。はてな、此奴死骸かな。それとも負傷者かな? 何方・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ しかしある夜、喬は暗のなかの木に、一点の蒼白い光を見出した。いずれなにかの虫には違いないと思えた。次の夜も、次の夜も、喬はその光を見た。 そして彼が窓辺を去って、寝床の上に横になるとき、彼は部屋のなかの暗にも一点の燐光を感じた。・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・向日性を持った、もやしのように蒼白い堯の触手は、不知不識その灰色した木造家屋の方へ伸びて行って、そこに滲み込んだ不思議な影の痕を撫でるのであった。彼は毎日それが消えてしまうまでの時間を空虚な心で窓を展いていた。 展望の北隅を支えている樫・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・そして其所らを夢中で往きつ返りつ地を見つめたまま歩るいて『決してそんなことはない』『断じてない』と、魔を叱するかのように言ってみたが、魔は決して去らない、僕はおりおり足を止めて地を凝視ていると、蒼白い少女の顔がありありと眼先に現われて来る、・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・画のためとなら小生はいつでも気が勇み立ちます、』といって彼はその蒼白い顔に得意の微笑を浮かべた。 彼は画板の袋から二、三枚の写生を取り出して見せたが、その進歩はすこぶる現われて、もはや素人の域を脱しているようである。『どうです散歩に・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・唇を曲げて泣き出しそうな顔をしている蒼白い青年だった。赭いひげが僅かばかり生えかけていた。自分の前に倒れているその男を見ると、別に憎くもなければ、恨を持っているのでもないことが、始めて自覚された。それが不思議なことのように思われた。そして、・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 眼の中より青白い火が飛んで出たかと思われた。主人は訳はわからぬが、其一閃の光に射られて、おのずと吾が眼を閉じて了った。「この女めも、弁口、取りなし、下の者には十二分の出来者。しかも生命を捨ててもと云居った、うその無い、あの料簡分別・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・そう言い結んだ時に、あの人の青白い頬は幾分、上気して赤くなっていました。私は、あの人の言葉を信じません。れいに依って大袈裟なお芝居であると思い、平気で聞き流すことが出来ましたが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いま・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
出典:青空文庫