・・・―― 小さい時から仲のよかったお安は、この秋には何とか金の仕度をして、東京の監獄にいる兄に面会に行きたがった。母と娘はそれを楽しみに働くことにした。健吉からは時々検印の押さった封緘葉書が来た。それが来ると、母親はお安に声を出して読ませた・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・ お君は監獄の中にいる夫に、赤ん坊を見せてやるために、久し振りで面会に出掛けて行った。夫の顔は少し白くなっていたが大変元気だった。お君の首になったのを聞くと、編笠をテーブルに叩きつけて怒った。それでも胸につけてある番号のきれをいじりなが・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・ 薄暗い面会所の前を通ると、そこの溜りから沢山の顔がこっちを向いた。俺は吸い残りのバットをふかしながら、捕かまるとき持っていた全財産の風呂敷包たった一つをぶら下げて入って行った。煙草も、このたった一本きりで、これから何年もの間モウのめな・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色色な秘密らしい口供をしたり、又わざと矛盾する口供をしたりして、予審を二三週間長引かせた。その口供が故意にしたのであったと云う事は、後になって分かった。 或る夕方、女房は檻房の床の上に倒れて死・・・ 太宰治 「女の決闘」
先日、三田の、小さい学生さんが二人、私の家に参りました。私は生憎加減が悪くて寝ていたのですが、ちょっとで済む御話でしたら、と断って床から抜け出し、どてらの上に羽織を羽織って、面会いたしました。お二人とも、なかなかに行儀がよ・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・私は未だいちども、此の年少の友人たちに対して、面会を拒絶した事が無い。どんなに仕事のいそがしい時でも、あがりたまえ、と言う。けれども、いままでの「あがりたまえ」は、多分に消極的な「あがりたまえ」であったという事も、否定できない。つまり、気の・・・ 太宰治 「新郎」
・・・墺匈国で領事の置いてある所では、必ず面会しなくてはならない。見聞した事は詳細に書き留めて、領事の証明書を添えて、親戚に報告しなくてはならない。 ポルジイは会議の結果に服従しなくてはならない。腹を立てて、色々な物を従卒に打ち附けてこわした・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・尼僧の面会窓がある。さながら牢屋を思わせるような厳重な鉄の格子には、剛く冷たくとがった釘が植えてあった。この格子の内は、どうしても中世紀の世界であるような気がした。 ここを出て馬車は狭い勾配の急な坂町の石道をガタガタ揺れながら駆けて行っ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・木曜日が面会日ときまってからも、何かと理屈をつけては他の週日にもおしかけて行ってお邪魔をした。 自分の洋行の留守中に先生は修善寺であの大患にかかられ、死生の間を彷徨されたのであったが、そのときに小宮君からよこしてくれた先生の宿の絵はがき・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・理科の一年生だが音楽の修業の事で教えていただきたい事があるから、お暇の時に面会を許してくださいというような事をかいたものらしい。 返事をもらう事ができるかどうかと危ぶんでいる間もないほどに早く返事が来た。何日の何時に来いというのであった・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
出典:青空文庫