・・・つい私が眠ってしまったものだから、――堪忍して頂戴よ」「計略が露顕したのは、あなたのせいじゃありませんよ。あなたは私と約束した通り、アグニの神の憑った真似をやり了せたじゃありませんか?――そんなことはどうでも好いことです。さあ、早く御逃・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・「じゃそうして頂戴よ。」 お絹は昨日よりもまた一倍、血色の悪い顔を挙げて、ちょいと洋一の挨拶に答えた。それから多少彼を憚るような、薄笑いを含んだ調子で、怯ず怯ず話の後を続けた。「その方がどうかなってくれなくっちゃ、何かに私だって・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「兄さん泣いてなんぞいないで、お坐蒲団をここに一つ持って来て頂戴」 と仰有った。僕はお母さんが泣くので、泣くのを隠すので、なお八っちゃんが死ぬんではないかと心配になってお母さんの仰有るとおりにしたら、ひょっとして八っちゃんが助かるん・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・そうしたら、九頭竜の野郎、それは耳よりなお話ですから、私もひとつ損得を捨てて乗らないものでもありませんが、それほど先生がたがおほめになるもんなら、展覧会の案内書に先生がたから一言ずつでもお言葉を頂戴することにしたらどんなものでしょうといやが・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「あれさ、それだけはよして頂戴よ。ししょう……もようもない、ほほほ。こりゃ、これ、かみがたの口合や。」 と手の甲で唇をたたきながら、「場末の……いまの、ルンならいいけど、足の生えた、ぱんぺんさ。先生、それも、お前さん、いささかど・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 薄色の桃色の、その一つの紅茸を、灯のごとく膝の前に据えながら、袖を合せて合掌して、「小松山さん、山の神さん、どうぞ茸を頂戴な。下さいな。」と、やさしく、あどけない声して言った。「小松山さん、山の神さん、 どうぞ、茸を頂戴な・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・大いに頂戴しよう」「余所のは米の粉を練ってそれを程よく笹に包むのだけれど、是は米を直ぐに笹に包んで蒸すのだから、笹をとるとこんな風に、東京のお萩と云ったようだよ」「ウム面白いな、こりゃうまい。粽という名からして僕は好きなのだ、食って・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・うしろからぶつと、「よして頂戴よ、お茶を引く、わ」と、僕の手を払った。「お前が役者になる気なら、僕が十分周旋してやらア」「どこへ、本郷座? 東京座? 新富座?」「どこでもいいや、ね、それは僕の胸にあるんだ」「あたい、役者・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 女も今度は素直に盃を受けて、「そうですか、じゃ一つ頂戴しましょう。チョンボリ、ほんの真似だけにしといておくんなさいよ」「何だい卑怯なことを、お前も父の子じゃねえか」「だって、女の飲んだくれはあんまりドッとしないからね」「な・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「いや、お言葉はありがたく頂戴しまっけど、どうも、人を笑わすいう気になれまへんので……」 赤井がそう断ると、傍で聴いていた白崎はいきなり、「君、やり給え! 第一、僕や君が今日の放送であのトランクの主を見つけて、かけつけて来たよう・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫