・・・それでもまだ金の足りない時には赤い色硝子の軒燈を出した、人出入の少い土蔵造りの家へ大きい画集などを預けることにした。が、前借の見込みも絶え、父母兄弟とも喧嘩をした今は、――いや、今はそれどころではない。この紀元節に新調した十八円五十銭のシル・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・僕は外套や帽子を預ける次手に部屋を一つとって貰うことにした。それから或雑誌社へ電話をかけて金のことを相談した。 結婚披露式の晩餐はとうに始まっていたらしかった。僕はテエブルの隅に坐り、ナイフやフォオクを動かし出した。正面の新郎や新婦をは・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・貞操の徴と、女の生命とを預けるんだ。――(何とかじゃ築地へ帰――何の事だかわかりませんがね、そういって番頭を威かせ、と言いつかった通り、私が使に行ったんです。冷汗を流して、談判の結果が三分、科学的に数理で顕せば、七十と五銭ですよ。 お雪・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・すぐに近間の山寺へ――浜方一同から預ける事にしました。が、三日も経たないのに、寺から世話人に返して来ました。預った夜から、いままでに覚えない、凄じい鼠の荒れ方で、何と、昼も騒ぐ。……それが皆その像を狙うので、人手は足りず、お守をしかねると言・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ と挨拶した婆さんに抱いていた子供を預けると、お君は一張羅の小浜縮緬の羽織も脱がず、ぱたぱたとそこらじゅうはたきをかけはじめた。 三日経つと家の中は見違えるほど綺麗になった。婆さんは、じつは田舎の息子がと自分から口実を作って暇をとっ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・銀行へ金を預けたためしはないんだ。銀行へ預ける身分になりたいとは女房の生涯の願いだったが、遂に銀行の通帳も見ずに死んでしまったよ」「ふーん」 私は半信半疑だったが、「――二千円で何を買ったんだ」「煙草だ」「見たところよく・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ ある日寺田屋へ、結いたての細銀杏から伽羅油の匂いをプンプンさせた色白の男がやってきて、登勢に風呂敷包みを預けると、大事なものがはいっているゆえ、開けてみてはならんぞ。脅すような口を利いて帰って行った。五十吉といい今は西洞院の紙問屋の番・・・ 織田作之助 「螢」
・・・もっともそちの持てるだけ預けることといたそうぞよ」 どうもさむらいのことばが少し変でしたし、そしてたしかに変ですが、まあ六平にはそんなことはどうでもよかったのです。「へい。へい。何の千両ばこの十やそこばこ、きっときっと持ち参るでござ・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・そして、下足に預ける。皆がそれをやるからひどい混雑でいやな思いもする。近所のその映画館は小さくて、きたないかわり、防寒靴をはいたままでよかった。それがたいへんに気易い。切符を買って、入るとそこが広間の待合室で、真中に緑色の縮緬紙の大きな蝶結・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・なんでも大切な品は、宿に着けば宿の主人に、舟に乗れば舟の主に預けるものだというのである。 子供らの母は最初に宿を借ることを許してから、主人の大夫の言うことを聴かなくてはならぬような勢いになった。掟を破ってまで宿を貸してくれたのを、ありが・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫