・・・月に割って二十五円、一家は妻に二十になるお菊と十八になるお新の二人娘で都合四人ぐらし、銀行に預けた貯金とても高が知れてるから、まず食って行けないというのが世間並みである。けれども石井翁は少しも苦にしない。 例を車夫や職工にとって、食って・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・常陸の湯にひかせ候はんと思ひ候が、若し人にもとられ候はん、又その外いたはしく覚えば、上総の藻原の殿のもとに預け置き奉るべく候。知らぬ舎人をつけて候へば、をぼつかなく覚え候。」 これが日蓮の書いた最後の消息であった。 十月八日病革まる・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「こんな物を東京へ持って行けるんじゃなし、イッケシへ預けとく云うたって預る方に邪魔にならア!」「ほいたって置いといたら、また何ぞ役に立たあの。」「……うらあもう東京イ行たらじゝむさい手織縞やこし着んぞ。」為吉は美しいさっぱりした・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・一体源三は父母を失ってから、叔母が片付いている縁によって今の家に厄介になったので、もちろん厄介と云っても幾許かの財産をも預けて寄食していたのだからまるで厄介になったという訳では無いので、そこで叔母にも可愛がらるればしたがって叔父にも可愛がら・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・自分も釣の往復りに立寄って顔馴染になっていたので、岡釣に用いる竿の継竿とはいえ三間半もあって長いのをその度たびたびに携えて往復するのは好ましくないから、此家へ頼んで預けて置くことにしてあった。で、今行掛に例の如く此家へ寄って、 やあ、今・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・くどいに飽いて抱えの小露が曙染めを出の座敷に着る雛鶯欲のないところを聞きたしと待ちたりしが深間ありとのことより離れたる旦那を前年度の穴填めしばし袂を返させんと冬吉がその客筋へからまり天か命か家を俊雄に預けて熱海へ出向いたる留守を幸いの優曇華・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・長いこと親戚のほうに預けてあった娘が学齢に達するほど成人して、また親のふところに帰って来たということは、私に取っての新しいよろこびでもあった。そのころの末子はまだ人に髪を結ってもらって、お手玉や千代紙に余念もないほどの小娘であった。宿屋の庭・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・学士は幹事室に預けてある自分の弓を取りに行って、復た高瀬の側へ来た。「どうです、弓は。この節はあまり御彎きに成りませんネ」 誘うように言う学士と連立って、高瀬はやがて校舎の前の石段を降りた。 生徒も大抵帰って行った。音吉が独り残・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・私は、これを、あの倉庫に永いこと預け放しにして置いたのである。ところが昨年の秋、私は、その倉庫の中の衣服やら毛布やら書籍やらを少し整理して、不要のものは売り払い、入用と思われるものだけを持ち帰った。家へ持ち帰って、その大風呂敷包を家内の前で・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・陳列されてある商品全部が自分のもので、宅へ置ききれないからここへ倉敷料なしのただで預けてあると思えば、金持ち気分になりすますことも容易である。入用なときはいつでも「預かり証」と引き換えに持って帰ることができるのである。ただ問題は、肝心の時に・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫