・・・いくら科学者が防止法を発見しても、政府はそのままにそれを採用実行することが決してできないように、また一般民衆はいっこうそんな事には頓着しないように、ちゃんと世の中ができているらしく見えるからである。 植物や動物はたいてい人間よりも年長者・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・然し対手は太十の心には無頓着である。「おっつあん殺すのか」 斯ういう不謹慎ないいようは余計に太十を惑わした。「そうよな」 と太十は首をかしげた。「どうせ駄目だから殺しっちまあべ」 威勢よくいった。そうかと思うと暫らく・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・受けているのだから、現代と日本と開化と云う三つの言葉は、どうしても諸君と私とに切っても切れない離すべからざる密接な関係があるのは分り切った事ですが、それにもかかわらず、御互に現代の日本の開化について無頓着であったり、または余りハッキリした理・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・幼稚な智識をもった者、没分暁漢あるいは門外漢になると知らぬ事を知らないですましているのが至当であり、また本人もそのつもりで平気でいるのでしょうが、どうも処世上の便宜からそう無頓着でいにくくなる場合があるのと、一つは物数奇にせよ問題の要点だけ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・この事は七、八年前より余が喋々説弁する所なれども、かつてこれに頓着する者なし。近来はほとんど説弁にも草臥たれども、なおこれを忘るること能わず。最後の一発としてここにこれを記すのみ。 書家の説にいわく、楷書は字の骨にして草書は肉なり、まず・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・内心にこれを愧じて外面に傲慢なる色を装い、磊落なるが如く無頓着なるが如くにして、強いて自ら慰むるのみなれども、俗にいわゆる疵持つ身にして、常に悠々として安心するを得ず。その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるるこ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・あるいは、お七は、裁判所で、裁判官より、言い遁れる言いようを教えてもろうたけれど、それには頓着せず、恋のために火をつけたと真直に白状してしもうたから、裁判官も仕方なしに放火罪に問うた、とも伝えて居る。あるいは想像の話かもしれぬが想像でも善く・・・ 正岡子規 「恋」
・・・ 槇と云う名からして中年の寛容な父親を思わせる様なのに、くるくるとまといつかれても一向頓着しずに超然として居る様子が如何にもいい。 知らないうちに、昔の御大名の毛鎗の様な「けいとう」だの、何とあれは云ったか知らんポヤポヤした狐の尾の・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 舟は西河岸の方に倚って上って行くので、廐橋手前までは、お蔵の水門の外を通る度に、さして来る潮に淀む水の面に、藁やら、鉋屑やら、傘の骨やら、お丸のこわれたのやらが浮いていて、その間に何事にも頓着せぬと云う風をして、鴎が波に揺られていた。・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・強い大将ならば、必要あって物を蓄える時には、貪欲と言われようと、意地ぎたないと言われようと、頓着しない。知行は人物や忠功を見て与えるのであって、外聞とかかわりはない。 外聞によって動くような臆病な大将の下では、軽佻な、腹のすわらぬ人物が・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫