・・・その姿を煤煙と電燈の光との中に眺めた時、もう窓の外が見る見る明くなって、そこから土の匂や枯草の匂や水の匂が冷かに流れこんで来なかったなら、漸咳きやんだ私は、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけてでも、又元の通り窓の戸をしめさせたのに相違な・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・ 現に拙者が貴所の希望に就き先生を訪うた日などは、先生の梅子嬢を罵る大声が門の外まで聞えた位で、拙者は機会悪しと見、直に引返えしたが、倉蔵の話に依ればその頃先生はあの秘蔵子なるあの温順なる梅子嬢をすら頭ごなしに叱飛していたとのことである、以・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・この忙しいのにどんなに世話を焼かすか知れぬと頭ごなし。帰って来たとて宅に片時居るでもなし。おまけに世話ばかり焼かして……。もうそう時々帰って来るには及ばぬ……とカンカン。誰れか余所の伯母さんが来て寸を取っているらしい。勘定を持って来た。十五・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・太十は決して悪人ではないけれどいつも文造を頭ごなしにして居る。昼間のような月が照ってやがて旧暦の盆が来た。太十はいつも番小屋に寝た。赤も屹度番小屋の蔭に脚を投げ出して居た。 或日太十は赤がけたたましく吠えたのを聞いて午睡から醒めた。犬は・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と自分の旦那様から呼ばれるその奥さんの事も散々頭ごなしにした。 文学に携さわって居る女の人の裡には随分下らない只一種の好奇心や何となし好きだ位でやって居る人だってある。 満足する様な人は一人だって無い。 少し婦人雑誌で名が売れる・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫