・・・ 今日ここに言うべき必要あるは、そのかつて劇場に来り看る事の何故に罕であったかという事よりも、今遽に来り看る事の何故頻繁になったかにあるであろう。拙作『三柏葉樹頭夜嵐』の舞台に登るに先立って、その稽古の楽屋に行われた時から、わたしは連宵・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 斯くの如く僕等がカッフェーに出入することの漸く頻繁となるや、都下の新聞紙と雑誌とは筆を揃えて僕の行動を非難し始めた。僕の記憶する所では、新聞紙には、二六、国民、毎夕、中央、東京日日の諸紙毒筆を振うこと最甚しく、雑誌にはササメキと呼ぶも・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・全被告、声を合せ、涙を垂れて、開扉を頼んだが、看守はいつも頻繁に巡るのに、今は更に姿を見せない。私は扉に打つかった。私はまた体を一つのハンマーの如くにして、隣房との境の板壁に打つかった。私は死にたくなかったのだ。死ぬのなら、重たい屋根に押し・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・無産派文学団体の改組が頻繁に行われた。第一次大戦後のドイツではこの一九二三年にあのインフレーション、マークの下落が起った。その情勢が、ドイツ・フランス等の大衆を団結させ、左翼の組織は拡大した。孫文派が広東政府を樹立し、中国国民党宣言を発表し・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ ドック料が一日五千円ばかりで、ドック側から云えば、なるたけ頻繁に船の出入りがある方がいい。ところが、その船の修繕には二ヵ月もかかって、その冬期は見す見す何杯かのがしてしまったが、手間どったには理由があった。 話はヨーロッパ大戦当時・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ 四方から集って来た八本の架空線が、空の下で網めになって揺れている下では、ゲートルをまきつけた巡査が、短い影を足許に落し、鋭く呼子をふき鳴しながら、頻繁な交通を整理している。 のろく、次第にうなりを立てて速く走って行く電車や、キラキ・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・車道を踰えて鋪道にかかったばかりの処だから、頻繁な交通機関をすりぬけるに幾分緊張した交通人達は、大抵一二間ゆとりない惰力的な早足で通り過た。彼等は、勿論薄暗い左手の街路樹の下に、灯もなければ物音も立てず、しんと侘しげな小露店があることさえ殆・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・わたくしが、あまり頻繁におめにかかれないのも、互方いそがしいと云うばかりでなく、今迄とまるで違った分子が、先生に対する感情のうちに入ったので、それを、どうくだいて、楽に現してよいか、変なきまりのわるさがあると云うこともある。 時に、憂鬱・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・ 大体、過去においてオノレ・ド・バルザックについて書いたほどの人で、彼の貴族好みに現れた趣味の低俗さを指摘しなかった伝記者、評論家は一人もなかったと云っても過言ではないであろうと考える。 頻繁で噪々しい笑いの持ち主、その頃流行の優雅・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・つまり、露骨な両性の関係をあまりにも頻繁に、あまりにもしつこく見せつけられて憤慨に堪えなかったからである。」 女をも不幸の荷い手として見ざるを得ないゴーリキイの育ったこういう環境と、息子が年頃になると小間使の小綺麗なのをあてがい、社交界・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
出典:青空文庫