・・・という。願う事の叶わばこの黄金、この珠玉の飾りを脱いで窓より下に投げ付けて見ばやといえる様である。白き腕のすらりと絹をすべりて、抑えたる冠の光りの下には、渦を巻く髪の毛の、珠の輪には抑えがたくて、頬のあたりに靡きつつ洩れかかる。肩にあつまる・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・男、女の前に伏して懇ろに我が恋叶えたまえと願う」クララは顔を背けて紅の薔薇の花を唇につけて吹く。一弁は飛んで波なき池の汀に浮ぶ。一弁は梅鉢の形ちに組んで池を囲える石の欄干に中りて敷石の上に落ちた。「次に来るは応諾の時期である。誠ありと見抜く・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・我輩は斯る田舎らしき外面を装うよりも、婦人の思想を高きに導き、男女打交りて遊戯談笑自由自在の間にも、疑わしき事実の行われざるを願う者なり。教育の必要も此辺に在りと知る可し。籠の中に鳥を入れ、此鳥は高飛せずとて悦ぶ者あるも感服するに足らず。我・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ただこの際において心事の機を転ずること緊要にして、そのこれを転ずるの器械は、特に学校をもって有力なるものとするが故に、ことさらに藩地徳望の士君子に求め、その共に尽力して学校を盛にせんことを願うなり。 中津の旧藩にて、上下の士族が互に婚姻・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・因て成るべく端折って記せば暫時の御辛抱を願うになん。 凡そ形あれば茲に意あり。意は形に依って見われ形は意に依って存す。物の生存の上よりいわば、意あっての形形あっての意なれば、孰を重とし孰を軽ともしがたからん。されど其持前の上より・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・姨を喰うてしもうた時ふと夕方の一番星の光を見て悟る所があって、犬の分際で人間を喰うというのは罪の深い事だと気が付いた、そこで直様善光寺へ駈けつけて、段々今までの罪を懺悔した上で、どうか人間に生れたいと願うた、七日七夜、椽の下でお通夜して、今・・・ 正岡子規 「犬」
・・・ 爾迦夷、則ち、両翼を開張し、虔しく頸を垂れて、座を離れ、低く飛揚して、疾翔大力を讃嘆すること三匝にして、徐に座に復し、拝跪して唯願うらく、疾翔大力、疾翔大力、ただ我等が為に、これを説きたまえ。ただ我等が為に、これを説き給えと。 疾・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・口あくと歯にしみる風は願うても吹いては居ぬ、サ、今のあてものでも云って見なされ下らない様でも面白いものじゃ。第三の精霊 私しゃ考えて居るのじゃ。第一の精霊 とは御相拶な、考える事のなさそうなお身が考えて居るとは、――今のあてものかそ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・押し返してねだるように願うと、忠利が立腹して、「小倅、勝手にうせおれ」と叫んだ。数馬はそのとき十六歳である。「あっ」と言いさま駈け出すのを見送って、忠利が「怪我をするなよ」と声をかけた。乙名島徳右衛門、草履取一人、槍持一人があとから続いた。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・予はその光景を描き得んことを願う。 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫