・・・ と言うなりに、こめかみの処へ頭痛膏を貼った顔を掉って、年増が真先に飛込むと、たちまち、崩れたように列が乱れて、ばらばらと女連が茶店へ駆寄る。 ちょっと立どまって、大爺と口を利いた少いのが、続いて入りざまに、「じゃあ、何だぜ、お・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 池で、船の中へ鯉が飛込むと、弟子たちが手を拍つ、立騒ぐ声が響いて、最初は女中が小船で来た。……島へ渡した細綱を手繰って、立ちながら操るのだが、馴れたもので、あとを二押三押、屋形船が来ると、由を聞き、魚を視て、「まあ、」と目をみはったき・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・そこへお米の姿が、足袋まで見えてちょこちょこと橋がかりを越えて渡ると、三人の懐へ飛び込むように一団。「御苦労様。」 わがために、見とどけ役のこの人数で、風呂を検べたのだと思うから声を掛けると、一度に揃ってお時儀をして、屋根が萱ぶきの・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ その場へ踏み込み扶けてくりょうと、いきなり隔の襖を開けて、次の間へ飛込むと、広さも、様子も同じような部屋、また同じような襖がある。引開けると何もなく、やっぱり六畳ばかりの、広さも、様子も、また襖がある。がたりと開ける、何もなくて少しも・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・芸術の中でも、童話は小説などと異って、直ちに、現実の生命に飛び込む魔術を有しています。 童話は、全く、純真創造の世界であります。本能も、理性も、この世界にあっては、最も自由に、完美に発達をなし遂げることが出来るのであります。何者の権力を・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・ ペコペコ頭を下げながら、飛び込むようにはいり、手をこすっていた。ほっとしたような顔だった。たぶん入れて貰えないと思ったのであろう。もっともそれだけの不義理を私にしていたのだった。 横堀がはじめ私を訪ねて来たのは、昭和十五年の夏だっ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と言い返しざまにひょいと家の中へ飛び込むのだったが、その連中の中に魚屋の鉄ちゃんの顔がまじっていると安子はもう口も利けず、もじもじと赫くなり夏の宵の悩ましさがふと胸をしめつけるのだった。鉄ちゃんは須田町の近くの魚屋の伜で十九歳、浅黒い顔に角・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・やめて欲しい、とも思うのだが、さて、この男には幹の蔭から身を躍らせて二人の間に飛び込むほどの決断もつかぬのです。もう少し、なりゆきを見たいのです。男は更に考える。 発砲したからといっても、必ず、どちらかが死ぬるとはきまっていない。死ぬる・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・その女の、死なねばならなかったわけは、それは、私にもはっきりわからないけれども、とにかく、その女は、その夜半に玉川上水に飛び込む。新聞の都下版の片隅に小さく出る。身元不明。津島には何の罪も無い。帰宅すべき時間に、帰宅したのだ。どだい、津島は・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・知ったとたんに、君は、裏の線路に飛び込むだろう。さなくば僕の泥足に涙ながして接吻する。君にして、なおも一片の誠実を具有していたなら! 吉田潔。」 中旬 月日。「拝呈。過刻は失礼。『道化の華』早速一読甚だおもしろく・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫