・・・あった、恐らくは今日でも大問題になって居るまい、世人は食事の問題と云えば衛生上の事にあらざれば、美食の娯楽を満足せしむる目的に過ぎないように思うて居る、近頃は食事の問題も頗る旺であって、家庭料理と云い食道楽と云い、随分流行を極めているらしい・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・三 食道楽と無頓着 二葉亭には道楽というものがなかった。が、もし強て求めたなら食道楽であったろう。無論食通ではなかったが、始終かなり厳ましい贅沢をいっていた。かつ頗る健啖家であった。 私が猿楽町に下宿していた頃は、直ぐ近・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・珍々先生はこんな事を考えるのでもなく考えながら、多年の食道楽のために病的過敏となった舌の先で、苦味いとも辛いとも酸いとも、到底一言ではいい現し方のないこの奇妙な食物の味を吟味して楽しむにつけ、国の東西時の古今を論ぜず文明の極致に沈湎した人間・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・「何だい小説か、食道楽じゃねえか」と源さんが聞くと松さんはそうよそうかも知れねえと上表紙を見る。標題には浮世心理講義録有耶無耶道人著とかいてある。「何だか長い名だ、とにかく食道楽じゃねえ。鎌さん一体これゃ何の本だい」と余の耳に髪剃を・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫