・・・ 二郎は病を養うためにまた多少の経画あるがためにと述べたり、されどその経画なるものの委細は語らざりき。人々もまたこれを怪しまざるようなり。かれが支店の南洋にあるを知れる友らはかれ自らその所有の船に乗りて南洋に赴くを怪しまぬも理ならずや。・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 十二月の三日の夜、同行のものは中根の家に集まることになっていたゆえ僕も叔父の家に出かけた、おっかさんは危なかろうと止めにかかったが、おとっさんが『勇壮活発の気を養うためだから行け』とおっしゃった。 中根へ行って見るともう人がよほど・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・意気地がないから親一人妹一人養うことも出来ずさ、下宿屋家業までさして置いて忠孝の道を児童に教えるなんて、随分変った先生様もあるものだね。然しお政さんなんぞは幸福さ、いくら親に不孝な男でも女房だけは可愛がるからね。お光などのように兵隊の気嫌ま・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・男子が独力で妻子を養うことができないための共稼ぎの必要によるものである。適当の収入さえあれば、夫への心をこめた奉仕と、子どもの懇ろなる養育と、家庭内の労働と団欒とを欲する婦人が生計の不足のためにやむなく子供を託児所にあずけて、夫とともに家庭・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・もともと会社などに埋れているべき筈の人では無いが、年をとった母様を養う為には、こういうところの椅子にも腰を掛けない訳にいかなかった。ここは会社と言っても、営業部、銀行部、それぞれあって、先ず官省のような大組織。外国文書の飜訳、それが彼の担当・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・「失礼ですが、」青年は、かえろうとする男爵のまえに立ちふさがり、低い声で言った。「養うの、ひきとるのと、そんな問題は、古いと思います。だい一あなたには、人間ひとり養う余裕ございますか。」男爵は、どぎもを抜かれた。思わず青年の顔を見直した。「・・・ 太宰治 「花燭」
・・・兄さんのごはんとは、どんな事だか、私が自分でたべるごはんをたべないでその犬の子に与えて養うべきだという意味だったのでしょうか、それとも、私の家でたべているごはんは、全部総領の私のものなのだから、弟などには犬の子を養う資格が無いという意味だっ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・同じように、トナカイの群れを養う土人の家族が映写されても、それがカラフトのおおよそどのへんに住むなんという種族の土人だかまるきりわからないから、せっかくの印象を頭の中のどの戸棚にしまってよいか全く戸まどいをさせられる。 材木の切り出し作・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・しかし『道徳教』でも『論語』でもコーランでも結局はわれわれの智恵を養う蛋白質や脂肪や澱粉である。たまたま腐った蛋白を喰って中毒した人があったからと云って蛋白質を厳禁すれば衰弱する。 電車で逢った背広服の老子のどの言葉を国定教科書の中に入・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・しかし、それは、植物が意識して集まって来るのではなくて、同じ環境がおのずから同種の生命を養う、と言ったほうがもっともらしいように思われるのである。 そうかと思うとたとえば、紫紅色の「つりふね草」は湿潤な水辺に多いが、これとよく似て黄色い・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫