・・・ 蠅がばいきんをまきちらす、そうしてわれわれは知らずに、年中少しずつそれらのばいきんを吸い込みのみ込んでいるために、自然にそれらに対する抵抗力をわれわれの体中に養成しているのかもしれない。そのおかげで、何かの機会に蠅以外の媒介によって、・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・科学に対する興味を養成するには、六かしくて嘘だらけの通俗科学書や浅薄で中味のないいわゆる科学雑誌などを読んでもたいして効能はない。むしろ日常身辺の自分に最も親しい物質の世界の事柄を深く注目し静かに観察してその事柄の真相をつき止めようという人・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・もし誰か金持の中の変り者でもあって、月並の下らないいわゆる社会事業などに出す金をこの方面に注いで、そうして適当な監督を見出し養成すればあるいは出来るかもしれないのである。しかしそれよりも先に一般民衆が教育映画というものの価値を十分に認めるこ・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
理科教授につき教師の最も注意してほしいと思うことは児童の研究的態度を養成することである。与えられた知識を覚えるだけではその効は極めて少ない。今日大学の専門の学生でさえ講義ばかり当てにして自分から進んで研究しようという気風が・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・読者は無論の事、いろいろな種類のものを手に応じて賞翫する趣味を養成せねば損であろう。余は先に「作物の批評」と題する一篇を草して批評すべき条項の複雑なる由を説明した。この篇は写生文を品評するに当ってその条項の一となるべき者を指摘してわが所論の・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・「剛健な趣味を養成するための旅行だから……」「そんな旅行なのかい。ちっとも知らなかったぜ。剛健はいいが饂飩は平に不賛成だ。こう見えても僕は身分が好いんだからね」「だから柔弱でいけない。僕なぞは学資に窮した時、一日に白米二合で間に・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・けれども一国の学者を挙げて悉く博士たらんがために学問をするというような気風を養成したり、またはそう思われるほどにも極端な傾向を帯びて、学者が行動するのは、国家から見ても弊害の多いのは知れている。余は博士制度を破壊しなければならんとまでは考え・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・ 美術学校でこういう文学的の会を設立して、諸君の専門技芸以外に、一般文学の知識と趣味を養成せられるのは大変に面白い事と思います。ただいま正木校長の御話のように文学と美術は大変関係の深いものでありますから、その一方を代表なさる諸君が文学の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・自分は今これだけの富の所有者であるが、それをこういう方面にこう使えば、こういう結果になるし、ああいう社会にああ用いればああいう影響があると呑み込むだけの見識を養成するばかりでなく、その見識に応じて、責任をもってわが富を所置しなければ、世の中・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・世間に言う姦婦とは多くは斯る醜界に出入し他の醜風に揉れたる者にして、其姦固より賤しむ可しと雖も、之を養成したる由来は家風に在りと言わざるを得ず。清浄無垢の家に生れて清浄無垢の父母に育てられ、長じて清浄無垢の男子と婚姻したる婦人に、不品行を犯・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫