・・・今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 親子 親は子供を養育するのに適しているかどうかは疑問である。成種牛馬は親の為に養育されるのに違いない。しかし自然の名のもとにこの旧習の弁護するのは確かに親の我儘である。若し自然の名のもとに如何なる旧習も弁護出来るならば・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・が、女は和尚に頓着なく、じっと畳を見つめながら、ほとんど暗誦でもしているように――と云って心の激動は、体中に露われているのですが――今日までの養育の礼を一々叮嚀に述べ出すのです。「それがややしばらく続いた後、和尚は朱骨の中啓を挙げて、女・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・しかば、一週日以前既に一度聯隊に入営せしが、その月その日の翌日は、旅団戦地に発するとて、親戚父兄の心を察し、一日の出営を許されたるにぞ、渠は父母無き孤児の、他に繋累とてはあらざれども、児として幼少より養育されて、母とも思う叔母に会して、永き・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・母親の働くだけでは子供らを養育していくことは、むずかしいのです。それでいちばん上の、この男の子は、こうして毎日、町の四つ角にそびえている私の下に立って、通る人々に夕刊を売っているのであります。 ある日のこと、どういうものか新聞がいつもの・・・ 小川未明 「煙突と柳」
それは、独り、男の子と限った訳ではないが、子供を一人前に養育するということは決して容易なことでないのは、恐らく、すべての子供を持った程の人々なら、想像されることだと思います。 乳飲児の時代から、ようやく独り歩きをする時代、そして、・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・その時女は、私は夫に死に別れ、叔母の所に預けてある九歳になる娘に養育費を送るために、こういう商売をしているのだと言いましたので、非常に気の毒に思いました。十日程たって今度は娘が死んで東京に帰るとの話でしたので、私は一層同情しました。女が上京・・・ 織田作之助 「世相」
・・・「かわいそうに。養育院へでもはいればいい。」と亭主が言った。「ところがその養育院というやつは、めんどうくさくってなかなかはいられないという事だぜ。」と客の土方の一人が言う。「それじゃア行き倒れだ!」と一人が言う。「たれか引き・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・恋愛の陶酔から入って、それからさめて、甘い世界から、親としてのまじめな養育、教育のつとめに移って行く。スイートホームというけれども、恋愛の甘さではなく、こうなってから初めて夫婦愛が生まれてくる。子どもを可愛がる夫婦というのはよそ目にも美しく・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・適当の収入さえあれば、夫への心をこめた奉仕と、子どもの懇ろなる養育と、家庭内の労働と団欒とを欲する婦人が生計の不足のためにやむなく子供を託児所にあずけて、夫とともに家庭を留守にして働くのである。婦人には月々の生理週間と妊娠と分娩後の静養と哺・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
出典:青空文庫