・・・「私が始めて三浦の細君に会ったのは、京城から帰って間もなく、彼の大川端の屋敷へ招かれて、一夕の饗応に預った時の事です。聞けば細君はかれこれ三浦と同年配だったそうですが、小柄ででもあったせいか、誰の眼にも二つ三つ若く見えたのに相違ありませ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そこで人々は恩を謝し徳をたたえて小文吾を饗応します。すると磯九郎は自分が大手柄でも仕たように威張り散らして、頭を振り立てて種々の事を饒舌り、終に酒に酔って管を巻き大気焔を吐き、挙句には小文吾が辞退して取らぬ謝礼の十貫文を独り合点で受け取って・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・それから宿の者に、お酒を言いつけて、やあ、この部屋は汚いなあ、君はよくこんな部屋で生活が出来るね、まあ我慢しよう、ここでその大将とお酒を飲みながら、ゆっくり話合ってみようじゃないか、商談には饗応がつきものだ。君、たのむ。」 私はしぶしぶ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・来客。饗応。仕事部屋にお弁当を持って出かけて、それっきり一週間も御帰宅にならない事もある。仕事、仕事、といつも騒いでいるけれども、一日に二、三枚くらいしかお出来にならないようである。あとは、酒。飲みすぎると、げっそり痩せてしまって寝込む。そ・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・訪問客たちには、ひた隠しに隠しているが、無理な饗応がたたって、諸方への支払いになかなかつらいところも多い様子であった。無趣味は、時間的乃至は性格的な原因からでなくて、或いはかれの経済状態から拠って来たものかも知れない。 その日、男爵は二・・・ 太宰治 「花燭」
・・・試みに、食堂のなかを覗くと、奉仕の品品の饗応にあずかっている大学生たちの黒い密林のなかを白いエプロンかけた給仕の少女たちが、くぐりぬけすりぬけしてひらひら舞い飛んでいるのである。ああ、天井には万国旗。 大学の地下に匂う青い花、こそばゆい・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ と奥さまは、おっしゃって、もう、はや、れいの逆上の饗応癖がはじまり、目つきをかえてお勝手へ小走りに走って来られて、「ウメちゃん、すみません。」 と私にあやまって、それから鳥鍋の仕度とお酒の準備を言いつけ、それからまた身をひるが・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・私は、ゆえなく人の饗応を受けたことはない。私は約束を破ったことはない。私は、ひとの女と私語を交えたことはない。私は友の陰口を言ったことさえない。昨夜、床の中で、じっとして居ると、四方の壁から、ひそひそ話声がもれて来る。ことごとく、私に就いて・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・コールド・ウォー こうなったら、とにかく、キヌ子を最大限に利用し活用し、一日五千円を与える他は、パン一かけら、水一ぱいも饗応せず、思い切り酷使しなければ、損だ。温情は大の禁物、わが身の破滅。 キヌ子に殴られ、ぎゃっとい・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・眼をぱちぱちさせて起き上り、ちょんと廊下の欄干にとまって、嘴で羽をかいつくろい、翼をひろげて危げに飛び立ち、いましも斜陽を一ぱい帆に浴びて湖畔を通る舟の上に、むらがり噪いで肉片の饗応にあずかっている数百の神烏にまじって、右往左往し、舟子の投・・・ 太宰治 「竹青」
出典:青空文庫