・・・ぼくはにぎり飯をほうり出して、手についてる御飯つぶを着物ではらい落としながら、大急ぎでその人のあとから駆け出した。妹や弟も負けず劣らずついて来た。 半焼けになった物置きが平べったくたおれている、その後ろに三、四人の人足がかがんでいた。ぼ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・(森の祠の、金勢明神 話に聞いた振袖新造が――台のものあらしといって、大びけ過ぎに女郎屋の廊下へ出ましたと――狸に抱かれたような声を出して、夢中で小一町駆出しましたが、振向いても、立って待っても、影も形も見えませ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・私、でね、すぐに後から駆出したのさ。でも、どこって当はないんだもの、鳥居前のあすこの床屋で聞いてみたの。まあね、……まるでお見えなさらないと言うじゃあないの。しまった、と思ったわ。半分夢中で、それでも私がここへ来たのは神仏のお助けです。秦さ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・竜の口と称えて、ここから下の滝の伏樋に通ずるよし言伝える、……危くはないけれど、そこだけは除けたが可かろう、と、……こんな事には気軽な玉江が、つい駆出して仕誼を言いに行ったのに、料理屋の女中が、わざわざ出て来て注意をした。「あれ、あすこ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 居士が、けたたましく二つ三つ足蹈をして、胸を揺って、(火事じゃ、……宿とひょこひょこと日和下駄で駆出しざまに、門を飛び出ようとして、振返って、尋常ごとではありません。植木屋徒も誘われて、残らずどやどや駆けて出る。私はとぼんとして、一人・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・』て一心に僕は駆け出したんやだど倒れて夢中になった。気がついて見たら『しっかりせい、しつかりせい』と、独りの兵が僕をかかえて後送してくれとった。水が飲みたいんで水瓶の水を取ろうとして、出血の甚しかったんを知り、『とても生きて帰ることが出来ん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・そして、年子は、先生の姿を見つけると、ご本の赤いふろしき包みを打ち振るようにして駆け出したものです。「あまり遅いから、どうなさったのかと思って待っていたのよ。」と、若い上野先生は、にっこりなさいました。「叔母さんのお使いで、どうもす・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 知らない子は、先になって駆け出しました。「君、ここに、こんなになっているだろう。」と、足もとのしげった草の中をさしました。そこにも、冷たい秋の風はあって、細くて長いひげのような草の葉を動かしていました。 なるほど、手で草をわけ・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・ 正ちゃんは、お家へ駆け出してゆきました。年ちゃんも、つづいてゆきました。お母さんに、おあしをもらってくるためです。そのうち正ちゃんは、にこにこしながら、もどってきました。「なにをこしらえてもらうかな。」と、正ちゃんが頭をかしげまし・・・ 小川未明 「夏の晩方あった話」
・・・朝飯を食べると、正ちゃんは、外へ駆け出してゆきました。往来で、徳ちゃんたちが、遊んでいました。徳ちゃんは、政ちゃんと同じ年ごろでした。「徳ちゃん、ペスが帰ってきたって、ほんとうかい。」 正ちゃんは、徳ちゃんの顔を見ると、すぐこうたず・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
出典:青空文庫