・・・天居は風雅の好事家で、珍書稀本書画骨董の蒐集家として聞えているが、近年殊に椿岳に傾倒して天居の買占が椿岳の相場を狂わして俄に騰貴したといわれるほど金に糸目を附けないで集めたもんで、瞬く間に百数十幅以上を蒐集した。啻だ数量ばかりでなく優品をも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・地価は非常に騰貴しました、あるところにおいては四十年前の百五十倍に達しました。道路と鉄道とは縦横に築かれました。わが四国全島にさらに一千方マイルを加えたるユトランドは復活しました、戦争によって失いしシュレスウィヒとホルスタインとは今日すでに・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ さらに、インフレーションにより、当然招来する物価の騰貴は、いよ/\彼等を死地に追いやるものとして、ありの群に、殺虫剤をかけると同じいものです。いままでも時代の不遇に泣く人々はあったが、しかし、今日彼等の群は、ありの群よりも多数者である・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・諸物価は益々騰貴するにもかゝわらず、農作物はその割に上らなかった。出来ることならば息子に百姓などさせたくなかった。ちっと学問をさせてもいゝと思っていた。 清三は頻りに中学へ行きたがった。そして、ついにおしかには無断で、二里ばかり向うの町・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・B君は黙って聞いてしまってから物価騰貴と月給の話をした。C君は日露戦争と欧洲大戦を引合に出して、緊張と寛舒の利害を論じた。D君は現在教育制度の欠陥を論じて、日本人は小学から大学までただ満員電車にぶら下がる術を教わるばかりだと云った。E君は、・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・本年は、画期的な生産拡大による労働力の需要増と、物価騰貴、熟練工引止めなどの理由から、一般に賃銀は高くなった。もっとも低下していた昭和七年頃に比べると遙かに上っているが、男と女との差は埋められていないのである。 婦人の性の本来は生殖に重・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 肥料なんど七割近い騰貴で、問題にならぬ。税の滞納は村の九分通りだそうである。初めのうちは皆心配したり、びくついていたが、村じゅうこうなっては却って力がついて、一つかたまって減主義的な方法で耕作するために、随分富農や反動分子との闘争を経・・・ 宮本百合子 「今にわれらも」
・・・買いためなどの出来るのは資本家地主であり、戦争とそのために起った物価騰貴で儲けるのは即ち彼等であることを『キング』の記事は露骨に告げているのである。建国祭が近づくが、日本の専制的な支配権力が大衆を無知と無気力におくためにはどういうものを読ま・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・一日一日と騰貴する物価に、決して追いつくことのない待遇改善の実情は、妻であり母である女性の辛苦を言語に絶した状態においています。若い勤労婦人にとって、現在のような経済上の危機は、彼女たちのモラルの危機としてあらわれています。更に、まだ全然社・・・ 宮本百合子 「国際民婦連へのメッセージ」
・・・経済事情の悪化は、原因として日常のこまかいものにまで及ぼしている増税、それに伴う物価の騰貴が直接のきっかけとなっており、増税のよって来るところの同じ源から、誰の胸に問うても明らかな思想的な一方的傾向の重圧がある。社会の事情は昨今まことに複雑・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
出典:青空文庫