・・・クララは、見つめるほど、骨肉のいとしさがこみ上げて来て、そっと掌で髪から頬を撫でさすった。その手に感ずる暖いなめらかな触感はクララの愛欲を火のようにした。クララは抱きしめて思い存分いとしがってやりたくなって半身を起して乗しかかった。同時にそ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 頼りなく思うと、じきに寒さが骨肉にしみこんできました。しかし、彼は、一匹でいいから魚が釣れたときのことを空想して、もうそんな寒さなどは身に感じなかったのであります。彼は見なれない人に出あいました。なんとなく、その人は、なんでもよく知っ・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・そうしてそれらの話の中に含まれている事実と方則とがいつとなく自然自然と骨肉の間にしみ込んでしまって、もはやもとの形は少しも残らなくなっているが、しかし実際はそれらのものの認識がわれわれのからだのすみからすみまで行き渡ってわれわれの知恵の重要・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・くは三十七年の夏、悲惨なる旅順の戦に、ただ一人の弟は敵塁深く屍を委して、遺骨をも収め得ざりし有様、ここに再び旧時の悲哀を繰返して、断腸の思未だ全く消失せないのに、また己が愛児の一人を失うようになった。骨肉の情いずれ疎なるはなけれども、特に親・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・ 最近の犯罪傾向が暗示する、骨肉相殺がないか? 人々は信ずる処を失ってしまった。滅茶苦茶であった。虚無時代であった。恐怖時代であった。 棍棒は、剣よりもピストルよりも怖れられた。 生活は、農民の側では飢饉であった。検挙に次ぐ検挙・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・姑必ずしも薄情ならず、其安産を祈るは実母と同様なれども、此処が骨肉微妙の天然にして、何分にも実母に非ざれば産婦の心を安んずるに足らず。また老人が長々病気のとき、其看病に実の子女と養子嫁と孰れかと言えば、骨肉の実子に勝る者はなかる可し。即ち親・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 右条々のごとく、上下両等の士族は、権利を異にし、骨肉の縁を異にし、貧富を異にし、教育を異にし、理財活計の趣を異にし、風俗習慣を異にする者なれば、自からまたその栄誉の所在も異なり、利害の所関も異ならざるを得ず。栄誉利害を異にすれば、また・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・是れは自分の意なれども父上には語る可らず、何々は自分一人の独断なり母上には内証などの談は、毎度世間に聞く所なれども、斯くては事柄の善悪に拘わらず、既に骨肉の間に計略を運らすことにして、子女養育の道に非ざるなり。一 女子既に成長して家庭又・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・不始末の防禦策の如きも、誰が家の主人がいずれの時にこれを発明して実行の先例を示したりなどいうべき跡はなけれども、今日の実際について見れば、主人の内行修まらざる者は、その家風の外面は必ず厳重にして、家族骨肉の間、自然に他人の交際の如く、何か互・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめぐって居るではないか。 実に感謝すべき事である。 夢の如く生れて音もなく消え去った私の妹の短かい、何の足跡も残さない一生涯を見るにつけ、知らず知・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫