・・・兄の言に依れば、風間は、お金持のお坊ちゃんで秀才で、人格の高潔な人だという。兄の言葉を信じるより他はない。事実、節子は、風間をたよりにしていたのである。 アパートへ教科書をとどけに行った時、「や、ありがとう。休んでいらっしゃい。コー・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 小川君は、僕の事を乞食だなんて言って、ご自身大いに高潔みたいに気取っていやがったけれども、見よ、この家の女中は、お客と一緒に寝ているじゃないか。明朝かれにさっそく、この事を告げて、彼をして狼狽させてやるのも一興である。 なおもひそひそ・・・ 太宰治 「母」
・・・長兄は、謂わば立派な人格者なのであって、胸には高潔の理想の火が燃えて、愛情も深く、そこに何の駈引も打算も無いのであるから、どうも物語を虚構する事に於いては不得手なのである。遠慮無く申せば、物語は、下手くそである。何を書いても、すぐ論文のよう・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・特に高潔なる精神的要求より離れて、単に幸福ということから考えて見たら、凡て人生はさほど慕うべきものかどうかも疑問である。一方より見れば、生れて何らの人生の罪悪にも汚れず、何らの人生の悲哀をも知らず、ただ日々嬉戯して、最後に父母の膝を枕として・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・彼の心性高潔にして些の俗気なきこともって見るべし。しかれども余は磊落高潔なる蕪村を尊敬すると同時に、小心ならざりし、あまり名誉心を抑え過ぎたる蕪村を惜しまずんばあらず。蕪村をして名を文学に揚げ誉を百代に残さんとの些の野心あらしめば、彼の事業・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・彼女の父「アンドリウのごとき人物の行為は、たとえ高潔な目的と善良な意志から出た正義にもとづくものとしても、一種の帝国主義として許し難い。――と理性は認めることが出来る。しかも心は戦慄せざるを得ない。なぜなら、その帝国主義排斥のまとになって殉・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・その一部が書き上げられて印刷に付せられた昨年の冬、オストロフスキーの高潔な生涯は終ったのであった。 一九一七年以来、ロシアは新しい社会の建設につれて過去の世界文学の歴史が持たなかった種類の文学作品とその作家とを世界に与えている。「赤色親・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ その画家が若かったか老いて居たかは私は知らないけれ共だれでもが生と死との境の分らないまでにどんづまりになった時にでさえかじりつこうともがく生を芸術にささげて微笑しながら死んだ真面目な高潔な心地―― それを思って欲しい。 芸術は・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
出典:青空文庫