・・・劫初以来人の足跡つかぬ白雲落日の山、千古斧入らぬ蓊鬱の大森林、広漠としてロシアの田園を偲ばしむる大原野、魚族群って白く泡立つ無限の海、ああこの大陸的な未開の天地は、いかに雄心勃々たる天下の自由児を動かしたであろう。彼らは皆その住み慣れた祖先・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・それには狩猟や魚族を主題としたものもあった。大きな浴場の跡もあった。たぶん温度を保つためであろう、壁が二重になっていた。脱衣棚が日本の洗湯のそれと似ているのもおもしろかった。風呂にはいっては長椅子に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけっ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ チラチラと眩ゆい点描きの風景、魚族のように真黒々な肌一杯に夏を吸いながら、ドブンと飛び込む黒坊――躍る水煙、巨大な黒坊、笑う黒坊、蛙のような黒坊。 卿はどうして其那に水が好きなのか。 如何うして其那に笑うのだろう、卿等は―・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
出典:青空文庫