・・・それこそ、この世界中で一ばん美しい女ではないかと思われるような、何ともいえない、きれいな女の画姿です。ウイリイはびっくりして、その顔を見つめました。 ウイリイはやっと、その羽根をポケットにしまって、また馬を走らせました。そしてどこまでも・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・さて夏の中でもすぐれた美しい聖ヨハネ祭に、そのおばあさんが畑と牧場とを見わたしていますと、ひょっくり鳩が歌い始めました。声も美しくエス・キリスト、さては天国の歓喜をほめたたえて、重荷に苦しむものや、浮き世のつらさの限りをなめたものは、残らず・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇である。長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する、へんてつもない古ぼけたラケットを五十円に値切って買って来て、得々としていたときなど、次男は、陰でひとり、余りの痛憤に、大熱を発した・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・こう云うとたんに、丁度美しい小娘がジュポンの裾を撮んで、ぬかるみを跨ごうとしているのを見附けた竜騎兵中尉は、左の手にを握っていた軍刀を高く持ち上げて、極めて熱心にその娘の足附きを見ていたが、跨いでしまったのを見届けて、長い脚を大股に踏んで、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それは門出の時の泣き顔ではなく、どうした場合であったか忘れたが心からかわいいと思った時の美しい笑い顔だ。母親がお前もうお起きよ、学校が遅くなるよと揺り起こす。かれの頭はいつか子供の時代に飛び返っている。裏の入江の船の船頭が禿頭を夕日にてかて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。 私は、森の中を縫う、荒れ果てた小径を、あてもなく彷徨い歩く。私と並んで、マリアナ・ミハイロウナが歩いている。 二人は黙って歩いている。しかし、二人の胸・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
ある晩私は桂三郎といっしょに、その海岸の山の手の方を少し散歩してみた。 そこは大阪と神戸とのあいだにある美しい海岸の別荘地で、白砂青松といった明るい新開の別荘地であった。私はしばらく大阪の町の煤煙を浴びつつ、落ち着きのない日を送っ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 流は千葉街道からしきりと東南の方へ迂回して、両岸とも貧しげな人家の散在した陋巷を過ぎ、省線電車の線路をよこぎると、ここに再び田と畠との間を流れる美しい野川になる。しかしその眺望のひろびろしたことは、わたくしが朝夕その仮寓から見る諏訪田・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ エレーンの屍は凡ての屍のうちにて最も美しい。涼しき顔を、雲と乱るる黄金の髪に埋めて、笑える如く横わる。肉に付着するあらゆる肉の不浄を拭い去って、霊その物の面影を口鼻の間に示せるは朗かにもまた極めて清い。苦しみも、憂いも、恨みも、憤りも・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・私は考えるに、ギリシャ哲学には深い思索的な概念的な所と、美しい芸術的な、直感的な所があった。前者はドイツ人がこれを伝え、後者はフランス人がこれを伝えたといい得るではなかろうか。 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
出典:青空文庫