・・・目の前に聳えた松樹山の山腹にも、李家屯の我海軍砲は、幾たびか黄色い土煙を揚げた。その土煙の舞い上る合間に、薄紫の光が迸るのも、昼だけに、一層悲壮だった。しかし二千人の白襷隊は、こう云う砲撃の中に機を待ちながら、やはり平生の元気を失わなかった・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 玩具屋の主人は金属製のランプへ黄色いマッチの火をともした。それから幻燈の後ろの戸をあけ、そっとそのランプを器械の中へ移した。七歳の保吉は息もつかずに、テエブルの前へ及び腰になった主人の手もとを眺めている。綺麗に髪を左から分けた、妙に色・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・殊に黄色い紙を張った扇を持っているのが、灯の暗いにも関らず気高くはっきりと眺められた。「翁とは何の翁じゃ。」「おう、翁とばかりでは御合点まいるまい。ありようは、五条の道祖神でござる。」「その道祖神が、何としてこれへ見えた。」・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・全体が薄樺で、黄色い斑がむらむらして、流れのままに出たり、消えたり、結んだり、解けたり、どんよりと濁肉の、半ば、水なりに透き通るのは、是なん、別のものではない、虎斑の海月である。 生ある一物、不思議はないが、いや、快く戯れる。自在に動く・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・またいびつ形に円くなって、ぼやりと黄色い、薄濁りの影がさした。大きな船は舳から胴の間へかけて、半分ばかり、黄色くなった。婦人がな、裾を拡げて、膝を立てて、飛乗った形だっけ。一ぱし大きさも大きいで、艪が上って、向うへ重くなりそうだに、はや他愛・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 額の出た、頭の大きい、鼻のしゃくんだ、黄色い顔が、その長さ、大人の二倍、やがて一尺、飯櫃形の天窓にチョン髷を載せた、身の丈というほどのものはない。頤から爪先の生えたのが、金ぴかの上下を着た処は、アイ来た、と手品師が箱の中から拇指で摘み・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・木ずえの部分だけまっかに赤く見える。黄色い雲の一端に紅をそそいだようである。 松はとうていこの世のものではない。万葉集に玉松という形容語があるが、真に玉松である。幹の赤い色は、てらてら光るのである。ひとかかえもある珊瑚を見るようだ。珊瑚・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・その建物も、いつしか取り払われて、跡は空き地となってしまったけれど、毎年三月になると、すいせんの根だけは残っていて、青空の下に、黄色い炎の燃えるような花を開きました。そして、この人の心臓に染まるような花の香気は、またなんともいえぬ悲しみを含・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ 一週間すると、金木犀の匂いが消えた。黄色い花びらが床の間にぽつりぽつりと落ちた。私はショパンの「雨だれ」などを聴くのだった。そして煙草を吸うと、冷え冷えとした空気が煙といっしょに、口のなかにはいって行った。それがなぜともなしに物悲しか・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・という表現を使ったが、その古綿の色は何か黄色いような気がしてならなかった。 四十時間一睡もせずに書き続けて来た荒行は、何か明治の芸道の血みどろな修業を想わせるが、そんな修業を経ても立派な芸を残す人は数える程しかいない。たいていは二流以下・・・ 織田作之助 「郷愁」
出典:青空文庫