・・・クねずみはまたいやなせきばらいをやりましたので、タねずみはこんどというこんどはすっかりびっくりして半分立ちあがって、ぶるぶるふるえて目をパチパチさせて、黙りこんでしまいました。 クねずみは横の方を向いて、おひげをひっぱりながら、横目でタ・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・ 二人は又黙り込んだ。 卓子の上のスタンドが和らかな深い陰翳をもって彼の顔半面を照し出した。彼方側を歩いているさほ子の顔は見えず、白い足袋ばかりがちらちら薄明りの中に動いて見えた。 十分ばかりも経った時、さほ子はやっと沈黙を破っ・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 白山羊も暫くで黙り、一寸首を曲げた。向い合わせに立ったまま白山羊と黒驢馬とは、月明りの屋根の上で浮れて居る書生達の唄を聞いて居る風であった。 唄が終った。四辺は非常に静かで虫の音がした。少し風も吹いた。 白山羊は、身震いするよ・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・ 母親は、不服げに、十分意味はさとらず、然しぼんやりそれが何か不利を招くと直覚して黙り込む。だが、すぐ別のことから、同じ問題へ立ち戻る。 親たちの日常生活は勤労階級の生活でなく、母親は若い頃からの文学的欲求や生来の情熱を、自分独特の・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・私は、気抜けしたように黙りこんで、広々とした耕地を瞰渡す客間の廊下にいた。茶の間の方から、青竹を何本切らなければならぬ、榊を何本と、神官が指図をしている声がした。皆葬式の仕度だ。東京で一度葬式があった。この時、私は種々深い感じを受けた。二度・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・燦らんとした天の耀きはわが 一筋の思 薄き紫の煙を徹してあわれ、わたしの心を盪かせよう 恍惚と 六月二十二日淋しい日々の生活――あわれな 我良人は蒼い顔をし 黙り神経質に パタパタと手づくりの活・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・自分は少し疲れ、同時にいろいろな印象によって亢奮した心の状態で食堂で、夕飯をたべる間も、どっちかというと黙りこんで四辺を眺めていた。四十人ばかり、今夜アメリカに向って立つというペルシアの若者が英語と自分の国の言葉とで喋りながら、食堂の一方を・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ 祖母は、いいともわるいとも云わず、暫く黙り、また云う。「百姓どもははあ、一寸でもよけい畑作ろうと思ってからに、桐の根まで掘り返すごんだうわ、それでいて芽を一本かいてくれない。それも心配だし、御不動様へつぶも上げなきゃあなるめえし」・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 何んもはあねえくなるまで、さっさとひっ剥だらええでねえけ、小面倒臭せえ。 乞食して暮しゃ、家も地面も入用んねえで、世話あねえわ!」 黙り返っているお石は、折々不意にはっきり独言しながら、ゴロンと炉辺に臥ころがったりした。 ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ つり革にさがっている方の元禄袖で、重吉から半ば顔をかくすようにして黙りこんでしまったひろ子を重吉は見上げた。「しょげたのかい?」 ひろ子は合点をした。「しょげることはないさ」「……あんなに、貞女と烈婦には決してなるまい・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫