・・・そうなれば現在のいろいろなイズムの名によって呼ばれる盲目なるファナチシズムのあらしは収まってほんとうに科学的なユートピアの真如の月をながめる宵が来るかもしれない。 ソロモンの栄華も一輪の百合の花に及ばないという古い言葉が、今の自分には以・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ ホテルの付近の山中で落葉松や白樺の樹幹がおびただしく無残にへし折れている。あらしのせいかと思って聞いてみると、ことしの春の雪に折れたのだそうである。降雨のあとに湿っぽい雪がたくさん降って、それが樹冠にへばりついてその重量でへし折られた・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・こんな場末の町へまでも荒して歩くためには一体何千キロの毒薬、何万キロの爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでも自分にはその話は信ぜられなかった。 夕方に駒込の通りへ出て見ると、避難者の群が陸続と滝野川の方へ流れて行く。表通り・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・この頃の若い女はざっと雨が降ってくるのを見ても、あらしもよいの天気だとは言わない。低気圧だとか、暴風雨だとか言うよ。道をきくと、車夫のくせに、四辻の事を十字街だの、それから約一丁先だのと言うよ。ちょいと向の御稲荷さまなんていう事は知らないん・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ものなれども、医師の聴機穎敏ならずして必ず遺漏あるべきなれば、この法を研究するには、盲人の音学に精 ひとり医学のみならず、理学なり、また文学なり、学者をして閑を得せしめ、また、したがって相当の活計あらしむるときは、その学者は決して懶惰無・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・故に云く、多妻多男の法は今世を挙げて今人の玩弄物に供するの覚悟なれば可なりといえども、天下を万々歳の天下として今人をして後世に責任あらしめんとするときは、我輩は一時の要用便利を以て天下後世の大事に易うること能わざる者なり。 男女両性の関・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・殊にあらしの次の日などは、あっちからもこっちからもどうか早く来てお庭をかくしてしまった板を起して下さいとか、うちのすぎごけの木が倒れましたから大いそぎで五六人来てみて下さいとか、それはそれはいそがしいのでした。いそがしければいそがしいほど、・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・柏の木はみんなあらしのように、清作をひやかして叫びました。「第七とうしょう、なまりのメタル。」「わたしがあとをつけます。」さっきの木のとなりからすぐまた一本の柏の木がとびだしました。「よろしい、はじめ。」 かしわの木はちらっ・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・それからまるで風のよう、あらしのように汗と動悸で燃えながら、さっきの草場にとって返した。僕も全く疲れていた。 ネリはちらちらこっちの方を見てばかりいた。 けれどもペムペルは、『さあ、いいよ。入ろう。』とネリに云った。 ネ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・きのうは隣の家のひなをつついた、おとといはよその菜の葉を食いあらしておつけのみをなくなしたとあっちからもこっちからも苦情をもちこめられてごんぺいじいはいつでもはげた頭を平手で叩きながら人々に「まことにはー、相すまないわけで」と云って居た。鳥・・・ 宮本百合子 「三年前」
出典:青空文庫