・・・村長は委細を呑込んで、何卒機会を見て甘くこの縁談を纏めたいものだと思った。 三日ばかり経って夜分村長は富岡老人を訪うた。機会を見に行ったのである。然るに座に校長細川あり、酒が出ていて老先生の気焔頗る凄まじかったので長居を為ずに帰って了っ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・という事はないが、幽邃でなかなか佳いところだ。という委細の談を聞いて、何となく気が進んだので、考えて見る段になれば随分頓興で物好なことだが、わざわざ教えられたその寺を心当に山の中へ入り込んだのである。 路はかなりの大さの渓に沿って上って・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ 七兵衞は委細構わずどッとゝ駈けてまいると、ちら/\雪が降り出してまいりました。どッとゝ番町今井谷を下りまして、虎ノ門を出にかゝるとお刺身にお吸物を三杯食ったので胸がむかついて耐りませんから、堀浚いの泥と一緒に出ていたを、其の方がだん/・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・それでも、博士は、委細かまわず、花束持って、どんどん部屋へ上っていって、奥の六畳の書斎へはいり、 ――ただいま。雨にやられて、困ったよ。どうです。薔薇の花です。すべてが、おのぞみどおり行くそうです。 机の上に飾られて在る写真に向って・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・本当は二十日ごろまでに、兄より何か、委細のおしらせあるか、と待って居たのですが。こうして離れているとお互いの生活に対する認識不足が多いので、いろいろ困難なことにぶつかると思います。命がけというので、お送りするわけです。それも私の生活とても決・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・何事も申し上げる力がございません。委細は拝眉の日に。三月十九日。治拝。」 意外な事には、此の手紙のところどころに、先輩の朱筆の評が書き込まれていた。括弧の中が、その先輩の評である。 ――○○兄。生涯にいちどのおねがいがございます。八・・・ 太宰治 「誰」
・・・その歌集はおそらく今の歌壇に一つの異彩を放つばかりでなく、現代世相の一面の活きた記録としても意義のあるものになるだろうと思っている。 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・きっと前途に重畳する難関を一つ一つしらみつぶしに枚挙されてそうして自分のせっかく楽しみにしている企図の絶望を宣告されるからである。委細かまわず着手してみると存外指摘された難関は楽に始末がついて、指摘されなかった意外な難点に出会うこともある。・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・レーノルズの全集をひやかしてこの異彩ある学者を礼讃してみたり、マクスウェルの伝記中にあるこの物理学者の戯作ヴァンパヤーの詩や、それを飾る愉快に稚拙なペン画を嬉しがったりした。そんな下らないことが、今から考えてみると、みんな後年の自分の生涯に・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・その際もしも、その研究員が、更に進んでその欠点を除去し、その商品を完成するように研究の歩を進めるならば結構であるが、そうでなくて、その欠点を委細構わず天下に発表して、その結果その会社に多大な損失をかけ、事によるとその会社の存在を危うくするよ・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
出典:青空文庫