・・・しかし彼自身の筆によらない限りその一斑をも窺う事はおそらく不可能な事に相違ない。彼の会話の断片を基にしたジャーナリストの評論や、またそれの下手な受売りにどれだけの信用が措けるかは疑問である。ただ煙の上がる処に火があるというあまりあてにならな・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・勿論これらはほんの素人の慰み半分の小型映画作品であったのでこういう厳重な批評をするのは無理であろうが、これでもおおよその水準を窺うことは出来るであろうと思われる。 元来教育映画は骨の折れる割合に商品価値の低いものである以上、現在日本の映・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・如何なる強度の望遠鏡でも窺う事の出来ぬような遠い天体の上に起る些細な出来事も直ちに地球上の物体に有限な影響を及ぼすとなれば、人間の見た自然の運動にはおそらくなんらの方則を見出すことも出来ないだろう。否方則といえばただ偶然の方則が支配するばか・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・是亦当時の風俗を窺う一端となるであろう。其文に曰く、「草津とし云へば臭気も名も高き、其本元の薬湯を、ここにうつしてみつや町に、人のしりたる温泉あり。夏は納涼、秋は菊見遊山をかねる出養生、客あし繁き宿ながら、時しも十月中旬の事とて、団子坂の造・・・ 永井荷風 「上野」
・・・に対する感想を窺う事は出来ない。ルッソオ出でて始めて思想は一変し、シャトオブリアンやラマルチンやユウゴオらの感激によって自然は始めて人間に近付けられた。最初希臘芸術によって、diviniseされた自然、仏蘭西古典文学によって度外視された自然・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・或日一家を携えて、場末の小芝居を看に行く日記の一節を見ると、夜烏子の人生観とまた併せてその時代の風俗とを窺うことができる。明治四十四年二月五日。今日は深川座へ芝居を見に行くので、店から早帰りをする。製本屋のお神さんと阿久とを先に出懸・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・聴きおわりたる横顔をまた真向に反えして石段の下を鋭どき眼にて窺う。濃やかに斑を流したる大理石の上は、ここかしこに白き薔薇が暗きを洩れて和かき香りを放つ。君見よと宵に贈れる花輪のいつ摧けたる名残か。しばらくはわが足に纏わる絹の音にさえ心置ける・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・と深くも考えずに浮気の不平だけを発表して相手の気色を窺う。向うが少しでも同意したら、すぐ不平の後陣を繰り出すつもりである。「なるほど真理はその辺にあるかも知れん。下宿を続けている僕と、新たに一戸を構えた君とは自から立脚地が違うからな」と・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 先生のこの主義を実行している事は、先生の日常生活を別にしても、その著作『日本歴史』において明かに窺う事が出来る。自白すれば余はまだこの標準的述作を読んでいないのである。それにもかかわらず、先生が十年の歳月と、十年の精力と、同じく十年の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・演説をやらんで何を致しますかと伺うと、ただ出席してみんなに顔さえ見せれば勘弁すると云う恩命であります。そこで私も大決心を起して、そのくらいの事なら恐るるに及ばんと快く御受合を致しました。――今日はそう云う条件の下にここに出現した訳であります・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫