・・・ 問を掛けた生徒は、つと教室を離れて、窓の外の桃の樹の側に姿を顕した。「ア、虫を取りに行った」 と窓の方を見る生徒もある。庭に出た青年は桜の枝の蔭を尋ね廻っていたが、間もなく戻って来て、捕えたものを学士に勧めた。「蜂ですか」・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・コウカサスの方へ入って行く露西亜の青年が写してあるネ。結局、百姓は百姓、自分等は自分等というような主人公の嘆息であの本は終ってるが、吾儕にも矢張ああいう気分のすることがあるよ。僕などはこれで随分百姓は好きな方だ。生徒の家へ行って泊まって見た・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・王さまは、「これは何から写したのか。お前は灯はともさないと言い張るそうだが、暗がりで画がかけるのか。」とお聞きになりました。 ウイリイは仕方なしに、羽根のことをすっかりお話ししました。すると王さまは、その羽根を見せよと仰いました。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・そのときには、私の家の人たちは、その記念写真の右上に白い花環で囲んだ私の笑顔を写し込む。 けれども、それは、三年、いやいや、五年十年あとのことになるかも知れない。私は田舎では、相当に評判がわるい男にちがいないのだから、家ではみんな許した・・・ 太宰治 「花燭」
・・・やや後れて少年佐伯が食堂の入口に姿を現したと思うと、いきなり、私のほうに風呂敷包みを投げつけ、身を飜して逃げた。私は立ち上って食堂から飛び出し、二、三歩追って、すぐに佐伯の左腕をとらえた。そのまま、ずるずる引きずって食堂へはいった。こんな奴・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・また、ある夕方、御飯をおひつに移している時、インスピレーション、と言っては大袈裟だけれど、何か身内にピュウッと走り去ってゆくものを感じて、なんと言おうか、哲学のシッポと言いたいのだけれど、そいつにやられて、頭も胸も、すみずみまで透明になって・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いてそのまゝに謄写しとりて草紙となしたるを見侍るに通篇俚・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・に作り、それを紺屋に渡して染めさせたのを手機に移して織るのであった。裏の炊事場の土間の片すみにこしらえた板の間に手機が一台置いてあった。母がそれに腰をかけて「ちゃんちゃんちゃきちゃん」というこれもまた四拍子の拍音を立てながら織っている姿がぼ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・また、エイゼンシュテインは港の埠頭における虐殺の残酷さを見せるために、階段をころがり落ちる乳母車を写した。「彫刻家が大理石とブロンズで考えるように、映画家はカメラとフィルムで考えそうして選択することが第一義である。」 役者の選択につ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それを避けるために隣室で立ち聞く人を映したりして単調を防ぐ必要が起こって来る。 それよりも困ったことには国語の相違ということが有声映画の国際的普遍性を妨げる。無声映画を「聞」いていた観客は、有声になったために聾になってしまった。 こ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫