・・・大方それが、気になったせいでございましょう。うとうと眠気がさして来ても、その声ばかりは、どうしても耳をはなれませぬ。とんと、縁の下で蚯蚓でも鳴いているような心もちで――すると、その声が、いつの間にやら人間の語になって、『ここから帰る路で、そ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ しかし僕は腰かけたまま、いつかうとうと眠ってしまった。すると、――おのずから目を醒ました。夜はまだ明け切らずにいるのであろう。風呂敷に包んだ電燈は薄暗い光を落している。僕は床の上に腹這いになり、妙な興奮を鎮めるために「敷島」に一本火を・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・「ところがその晩舟の中に、独りうとうとと眠っていると、僕は夢にもう一度、あの酒旗の出ている家へ行った。昼来た時には知らなかったが、家には門が何重もある、その門を皆通り抜けた、一番奥まった家の後に、小さな綉閣が一軒見える。その前には見事な・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・むかいに来た親は、善知鳥、うとうと、なきながら子をくわえて皈って行く。片翼になって大道に倒れた裸の浜猫を、ぼての魚屋が拾ってくれ、いまは三河島辺で、そのばさら屋の阿媽だ、と煮こごりの、とけ出したような、みじめな身の上話を茶の伽にしながら――・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・看護婦の一人は優しき声にて、「なぜ、そんなにおきらいあそばすの、ちっともいやなもんじゃございませんよ。うとうとあそばすと、すぐ済んでしまいます」 このとき夫人の眉は動き、口は曲みて、瞬間苦痛に堪えざるごとくなりし。半ば目をきて、・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・……そのくせ、他愛のないもので、陽気がよくて、お腹がくちいと、うとうととなって居睡をする。……さあさあ一きり露台へ出ようか、で、塀の上から、揃ってもの干へ出たとお思いなさい。日のほかほかと一面に当る中に、声は噪ぎ、影は踊る。 すてきに物・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・妻もうとうとしてるようであった。ほかの七、八人ひとりも起きてるものは無かった。ただ燈明の火と、線香の煙とが、深い眠りの中の動きであった。自分はこの静けさに少し気持ちがよかった。自分の好きなことをするに気がねがいらなくなったように思われたらし・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ しかし、太郎は、いつのまにか、うとうととして眠ったのであります。 彼は、朝起きると、入り口に、大きな白い羽の、汚れてねずみ色になった、いままでにこんな大きな鳥を見たこともない、鳥の死んだのが、壁板にかかっているのを見てびっくりしま・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・どこからともなく、柔らかな風が花のいい香りを送ってきますので、それをかいでいるうちに、門番はうとうとと居眠りをしていたのであります。 ちょうど、そのとき、みすぼらしいようすをした女の乞食がお城の内へ入ってきました。女の乞食は門番が居眠り・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・哀れな下男はいつしか疲れてうとうととなったかと思うと、いつのまにか、短い冬の日が暮れてしまいました。彼は、夢とも現ともなくうとうととした気持ちになりました。 いくつも、いくつも魚が釣れた。なんという自分は幸福なことだろう。頭の上には振り・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
出典:青空文庫