・・・煙と火とを固めて空に抛げつける。石と石とをぶっつけ合せていなずまを起す。百万の雷を集めて、地面をぐらぐら云わせてやる。丁度、楢ノ木大学士というものが、おれのどなりをひょっと聞いて、びっくりして頭をふらふら、ゆすぶったようにだ。ハッハッハ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・時計屋が使うような片目の覗き眼鏡にぴったり顔をおっつけ、右手でその眼鏡の下のものをいじっているところだが、ヴォルフはカメラをその顔や手の、下の方から向けた。 皺のある大きい老職工の顔のかぶさった肉体的な全容積と頑固な形をしているくせにそ・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・ところが、戦争が進むにつれ、軍そのものが、偽りで固めた人民むけ報道のためには、むしろ作家報道員を邪魔にしはじめたとともに、一般に、戦線視察にたいする作家たちの熱心がうすれてきた。どうして、作家たちが初期の期待をうしなってきたのであったろうか・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・、これを最後の機会として、これまで民衆の精神にほどこしていた目隠しの布が落ちきらぬうち、せいぜい開かれた民衆の視線がまだ事象の一部分しか瞥見していないうち、なんとかして自身の足場を他にうつし、あるいは片目だけ開いた人間の大群衆を、処置に便宜・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・真四角な石造で、窓が高く小さく只一つの片目のようについて居る、気味が悪いと見た人が申しました。何でございましょう。此間、頂上まで登って見たいと思って切角出かけたのに途中で駄目になって仕舞いました。平地の健脚は、決して石ころの山道で同様の威厳・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 伊豆湯ヶ島 一九二五年十二月二十七日より 修善寺駅 茶屋の女出たら目の名、荷物のうばい合い、 犬、片目つぶれて創面になって居た、思わず自分、あっと云う。 Y、「この犬はいけない!」体が白・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・それで手拭で片目を繃帯し、川の水をあびあびやっときりぬけて、巣鴨の方の寺に行った。 荷もつに火がつくので水をかける、そのあまりをかい出すもの、舟をこぐもの分業で命からがらにげ出したのだ。 吉田さんの話。 Miss Wells・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 森の木の枝に自慢の角を引っかけて玉にうたれた鹿だの、孔雀の羽根で恥をかいた可哀そうな鳥だの、片目をたのみすぎた罪のない驢馬だのねえ。B まあそんなに? 私にはそんな事考えられないわ。A そんな旅はいつまで続くの。 来年・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・真面目な科学者は、彼の片目を盲にした爆発物を、なお残りの隻眼で分析する勇気と、熱愛と、献身とを持つ」 彼女は確かに失望もし、情けない恥かしさに心を満たされもした。 けれども、極度な歓喜に燃え熾った感情が、この失策によって鎮められ、し・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・くしようとて滝壺に座って歌ってござるうちに目がまわってそのままどこに行かれたか先のわからぬ様になられたも、フトもれきいた歌声とチラとかい間見た後姿に命がけでしのんで行かしゃったら思いもかけぬ御年よりで片目で菊石だらけでござったのに驚き様があ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫