・・・栖方は、その中心の渦中に身をひそめて呼吸をして来たのであってみれば、父と母との争いのどちらに想いをめぐらせるべきか、という相反する父母二つの思想体系にもみぬかれた、彼の若若しい精神の苦しみは、想像にかたくない。同一の問題に真理が二つあり、一・・・ 横光利一 「微笑」
・・・一家中に、主君に直言するごとき家来は、五人か三人くらいしかないであろう。大部分は軽薄をいうのが通例である。それを心得ていないで怒るというのは、ばかというほかはない。 大将がばかであるゆえに起こってくる結果は、同じようなばか者を重用すると・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・画かきさんはさらに煩わしい人事の渦中、平然としてボケ花中に眠る心持ちを保たねばならぬ。他人の神経衰弱を癒すにはまず陰気な顔をした患者を自由に操縦せねばならぬ。 西行法師はこの点に一種の解決を与えた男である。一朝浮世のはかなさを悟っては直・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫